写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:花岡 修子さん(本名)
年代:50代
性別:女性
家族構成:夫と子ども二人(息子、娘)と四人暮らし
仕事:水泳インストラクター
がんの種類:大腸がん
診断時ステージ:ステージ4a
居住地:石川県
診断年:2020年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
水泳インストラクターとして活動的な毎日を送っていた花岡修子さんを襲った突然の腹痛。それは、ステージ4aの大腸がんが引き起こした症状でした。検査、告知、そして緊急手術と、考える間もなく嵐のように過ぎていく日々のなかで、自身の治療と向き合いながら、主治医との信頼関係を築いていきました。その道のりについて、お話しいただきました。
始まりは「いつもの便秘」から
2020年の秋頃、もともと便秘気味だった体質がさらに悪化し、鈍い腹痛が続くようになりました。仕事はできる程度の痛みだったので、「またストレスかな」と、しばらく様子を見ていました。しかし、症状は2週間たっても改善せず、今度は下腹部がぽっこりと膨らんできたのです。さすがにおかしいと感じましたが、「がん家系ではないから大丈夫」という根拠のない安心感に頼り、病院へ行くのをためらっていました。
しかし、友人からの強い勧めで、ようやく近所の消化器内科クリニックの扉を叩いたのは、症状が出始めてから3週間ほどたった頃でした。そこで告げられたのは、「おなかに水がたまっている」という衝撃的な事実でした。腹水がたまるとは、何か良くないことが起きているのだろうと、漠然とした不安を感じたのを覚えています。
クリニックでは、血液検査とレントゲン撮影を行いました。後日、結果を聞きに行くと、腫瘍マーカーの数値が少しだけ上がっていました。医師からは「卵巣が腫れているように見えるけど、腫瘍マーカーの数値は婦人科系のものではありません」と説明され、手術ができる規模の市民病院を紹介されることになりました。ただの便秘だと思っていた私にとって、事態は予想外の方向へ進んでいきました。
考える間もなかった緊急手術
紹介された市民病院は、地域のがん拠点病院でもありました。まずは婦人科を受診し、CTやMRIなどの精密検査を受けました。そこで医師から告げられたのは、「卵巣が大きく腫れています。今日このまま入院して、すぐに手術をできますか」という、あまりに急な展開でした。
詳しい病名もわからないまま、ただ「緊急手術が必要」という事実だけを突きつけられました。「家族のこともあるので一度帰ります」と無理を言って1時間だけ猶予をもらい、大急ぎで自宅へ戻りました。家族や職場に電話で事情を話し、入院の準備を整え、生命保険の担当者にも連絡をしました。そして、再び病院へとんぼ返りし、その日のうちに入院。「大腸にも少し影がある」と言われましたが、2つの手術を同時に行うことはできないとのことでしたので、翌日に卵巣周辺を切除する手術が行われました。まずは婦人科系の手術を終え、8日間で一度退院しました。1週間の自宅療養を経て、再び入院し、今度は腹腔鏡で大腸の手術を受けました。この2度目の手術と入院(11日間)の最中に、ようやく私は自分の病気の全体像を知ることになったのです。
流されるように治療が始まった
2度目の手術を終え、退院が近づいてきた頃、主治医から詳しい説明がありました。私の病名は「S状結腸がん」、ステージは4a。最初に手術した卵巣の腫瘍は、大腸がんからの転移だったのです。転移した卵巣腫瘍が破裂していたため、緊急手術に至ったということでした。
医師が手術中に撮影した私の臓器の動画を見せながら説明してくれましたが、正直なところ、頭が追いついていませんでした。続く抗がん剤治療についても説明を受けましたが、ほとんど頭に入ってきませんでした。
診断から手術、そして治療方針の説明まで、本当にあっという間でした。腹痛という症状を早く取り除き、仕事に復帰したい一心で、私は医師の言う通りに、流されるように治療のレールに乗っていきました。当時は、立ち止まって考える余裕も、疑問を抱くことさえもできませんでした。
ただ、気がかりだったことが1つだけありました。それは、大腸の手術前に聞いた「ストーマ(人工肛門)になる可能性」です。水泳インストラクターという職業柄、ストーマになると仕事が続けられなくなるのではないかと思いましたが、当時、まだ二人の子どもは学生でしたので、「まだ死ぬわけにはいかない。水泳のインストラクターができなくなっても、別の仕事を探せばいい」という思いで手術に臨みました。幸い、ストーマは避けられ、初めに使う抗がん剤は脱毛の副作用もないと聞き、仕事に早く戻れることだけに安堵しました。
主治医との関係を変えた「記録」の力
治療が始まってしばらくは、医師から言われた通りに薬を使い、検査を受けるだけの日々でした。しかし、治療が進むにつれ、自分の体の変化や、漠然とした不安について、医師にうまく伝えられないもどかしさを感じるようになりました。
この状況を変えるきっかけとなったのが、「記録をつける」という行動でした。まず、日々の体調の変化や副作用、排便の回数などを細かく手帳に書き留めることから始めました。さらに、診察の際に聞きたいこと、わからないことを事前にメモにまとめておくようにしたのです。爪が割れてきた時は、言葉で説明するよりも早いと考え、割れた爪のイラストを描いて見せたこともありました。
この「記録」が、私と主治医との間のコミュニケーションを劇的に変えました。口頭だけでは「不安です」「つらいです」としか言えなかったことが、記録を見せることで「いつ、どのような症状が、どのくらいの強さで出たのか」を具体的に、客観的に伝えられるようになったのです。私の記録を元に、医師も「では、この薬を試してみましょう」「休薬期間を少し延ばしてみましょうか」と、具体的な対策を立てやすくなったようでした。
記録をつけることは、私自身の心の安定にもつながりました。「これはすぐに病院に連絡すべき症状か、それとも次の診察まで様子を見ていいのか」を自分なりに判断できるようになり、むやみに不安になることが減りました。最初は一方通行だった医師との関係が、記録を介して、ようやく双方向の対話になったのです。
日常を手放さず、がんと共に歩む
現在は、カペシタビンという飲み薬での治療を続けながら、3週間に1度の通院と、3か月に1度のCT検査を受けています。手足のしびれなどの副作用はありますが、幸いなことに、仕事である温水プールの中にいると症状が和らぐため、治療と仕事を両立できています。
治療が始まった当初は、病院とスマートフォンの中の情報だけが世界となり、孤独を感じていました。しかし、患者会に参加するようになり、病気のことはもちろん、他愛もない話もできる仲間ができたことで、心が軽くなりました。今ではピアサポーターの資格も取得し、インストラクターの経験を生かして、患者仲間と運動する機会も作っています。
がんと診断されると、生活の全てが治療中心になりがちです。しかし、私を支えてくれたのは、仕事を続けること、そして仲間と話すことといった「日常」でした。「散歩が好きなら散歩を楽しむ」「好きな銘柄のコーヒーがあれば、選んで飲んでみる」、なんでもいいので、日常を手放さないことが大切だと思います。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
私の経験から、今がんと向き合っている方へお伝えしたいことが2つあります。
頭の中だけで悩まず、まずは書き出してみてください。
不安や疑問、体の症状などを、スマートフォンのメモでも手帳でも構いません、書き出してみてください。自分の状況を客観的に見つめ直すことができ、気持ちが少し落ち着きます。そして何より、その記録は、医師や看護師に自分の状態を正確に伝え、より良い治療につなげるための最も有効なツールになります。
どんな状況でも「自分の日常」を手放さないでください。
治療はもちろん大切ですが、生活の全てをがんに捧げる必要はありません。好きなお店のパンを食べること、散歩をすること、どんな些細なことでも構いません。治療と「好きなこと」を両立させる意識を持つことが、心を保ち、つらい治療を乗り切る力になると思います。