写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:たつこさん(ニックネーム)
年代:50代
性別:女性
家族構成:夫と娘の三人暮らし
仕事:訪問看護師(現在休職中)
がんの種類:乳がん
診断時ステージ:ステージ4
居住地:広島県
診断年:2023年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
訪問看護師として働き、充実した日々を送っていたたつこさん。しかし、コロナ禍で感じ始めた息苦しさは、ステージ4の乳がんによるものでした。最初に訪れた病院で「治療法は一つしかない」と告げられ、選択の余地がない状況に直面します。自身の知識と経験、そして「働きながら治療を続けたい」という強い思いを胸に、自ら納得できる医療を求めて行動を起こしました。医師と対話を重ね、自分らしい治療の道筋を見いだすまでの経緯についてお話しいただきました。
始まりはコロナ禍の息苦しさ
2023年の年明け頃からだったと思います。なんとなく呼吸が苦しいと感じることがありました。当時はまだ新型コロナウイルスの流行が続いており、病院に行くこと自体にためらいがあったため、しばらく様子を見ていました。
しかし、4月になると症状は悪化し、少し歩いただけでも息が切れるようになりました。「さすがにおかしい。コロナに感染したのかもしれない」。そう思い、近所の呼吸器内科クリニックを受診しました。そこでレントゲンを撮ると、医師から思いがけない言葉を告げられました。「左の肺が胸水でいっぱいだ。これはコロナじゃない」。すぐに紹介状を書くからと、大きな総合病院へ行くように指示されました。
がんの可能性は頭をよぎりましたが、その時はまだ実感がありませんでした。乳がん検診は定期的に受けていましたが、コロナ禍で少し間隔が空いてしまっていました。
「治療法はこれしかない」と言われて
紹介された中規模の総合病院で精密検査を受けた結果、告げられた病名は「乳がん(ホルモン陽性HER2陽性)」でステージ4とのことでした。告知は一人で聞きました。
衝撃的だったのは、その後の乳腺外科の医師の言葉です。「あなたに提案できる治療は、この抗がん剤治療しかありません。もしこの治療を望まないのなら、うちでは見られません」。あまりに一方的な宣告に、言葉を失いました。
私には、「働きながら治療を続けたい」という強い希望がありました。訪問看護の仕事は私の生きがいですし、生活のためにも続けなければなりません。提示された抗がん剤は副作用が強く、入院が必要になる可能性や、脱毛などで外見が大きく変わることも予測できました。そうなれば、仕事はもちろん、日常生活にも大きな支障が出ます。
看護師としての知識から、乳がんの治療法は他にもあるはずだとわかっていました。それなのに、なぜ選択肢が一つしかないのか。なぜ私の希望を聞いてもらえないのか。医師の言葉に納得できず、強い違和感と不信感を覚えました。
友人の一言で開けた道
このままではいけない。そう思い、看護師の友人に相談しました。すると彼女は、「それなら、がん診療連携拠点病院に行ってみたら。そこなら、もっと色々な治療の選択肢を提案してもらえるかもしれないよ」とアドバイスをくれました。その一言で、私の目の前がぱっと開けたような気がしました。
早速、総合病院の医師に「がん診療連携拠点病院へ転院したい」と伝えました。私が治療方針に納得していないことを察していたのか、特に引き留めることもなく、すぐに紹介状を用意してくれました。
新しく通い始めたがん診療連携拠点病院で、私は担当の医師に自分の思いを全て話しました。「できる限り仕事を続けたいのです。だから、入院の必要がなく、副作用で体力が落ちたり、外見が大きく変わったりしない治療法を希望します」。
私の話をじっくりと聞いてくれた医師は、「わかりました。あなたの希望に沿えるように、一緒に考えていきましょう」と言ってくれました。そして、ホルモン療法や分子標的薬など、さまざまな選択肢を丁寧に説明してくれたのです。ようやく、信頼できる医師と出会えたと感じました。
私にとって必要だった「自分と向き合う時間」
がん診療連携拠点病院での治療は、まず副作用が比較的少ないとされる薬から始まりました。残念ながら、いくつかの薬を試しても、がんを小さくするほどの劇的な効果はありませんでした。しかし、大きな副作用もなく体調は安定したため、仕事を続けることができました。外見の変化もほとんどなく、職場には病気のことを告げずに勤務を続けられました。
医師は、定期的な検査で効果を確認しながら、「今回はあまり効かなかったから、次はこの薬を試してみましょう」と、その都度、次の選択肢を提案してくれました。
効果がない治療を続けることに、焦りがなかったわけではありません。でも、この期間は、私にとって非常に大切な時間でした。自分の体と向き合い、病気について学び、これからどう生きていきたいのかを考える時間。少しずつがん患者であることを受け入れ、気持ちを整理していくための、いわば「助走期間」だったのだと思います。
覚悟を決めて、次の一歩へ
治療を続ける中で、徐々に乳房からの出血や貧血がひどくなり、それまでの薬ではがんを抑えきれなくなってきました。2023年の秋、主治医から「次に使える薬は、エンハーツという効果が期待できるものですが、脱毛や倦怠感などの副作用が強く出る可能性があります。この治療を受けるか、考えてみてください」と告げられました。
選択の時が来たと感じました。これまで仕事と治療を両立させてくれた時間があったからこそ、私は迷わず「エンハーツでお願いします」と答えることができました。
2023年11月からエンハーツによる治療を開始すると、がんは目に見えて小さくなりました。しかし、その一方で、脱毛や強い倦怠感といった副作用にも悩まされるようになりました。体力的にも仕事の継続は難しくなり、休職を決意しました。
現在も治療は続いています。副作用がつらい時は、主治医に相談して薬の量を調整してもらうなど、対話を重ねながら治療を進めています。私の話を決して否定せず、真摯に耳を傾けてくれる先生の存在が、大きな支えになっています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
私の経験から、今、がんと向き合っている方々にお伝えしたいことがあります。
治療の主役は、あなた自身です。
医師から提案された治療法に疑問や不安を感じたら、遠慮なく質問してください。そして、自分がどうしたいのか、どう生きたいのかを伝えてください。情報を集め、さまざまな人の意見を聞き、「先生に言われたから」ではなく「自分で選んだ」と納得できる道を見つけることが何より大切だと思います。後悔しないために、自分を信じて行動してほしいです。
信頼できる医師、相談できる人を見つけてください。
治療は一人では乗り越えられません。あなたの話に耳を傾け、一緒に考えてくれる医師との出会いは、治療の質を大きく左右します。また、私は同じ病気の仲間をSNSで見つけ、情報交換をしたり励まし合ったりしたことが大きな力になりました。患者会も一つの方法ですが、進行度によって悩みが違うこともあります。自分に合ったコミュニティを探してみてください。
焦らず、自分と向き合う時間を大切にしてください。
がんの告知を受けると、すぐに治療を始めなければと焦るかもしれません。しかし、少し立ち止まって、自分の気持ちを整理し、病気について学ぶ時間を持つことも重要です。その時間が、きっとこの先の長い治療生活を支える土台になるはずです。