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下咽頭がんステージ4、寛解からの再発-光免疫療法に求めたQOLを重視した決断

[公開日] 2025.10.10[最終更新日] 2025.12.24

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:島本篤さん(本名) 年代:40代 性別:男性 家族構成:妻と二人暮らし 仕事:整骨院・鍼灸院経営 がんの種類:下咽頭がん 診断時ステージ:ステージ4 居住地:東京都 診断年:2022年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2022年に下咽頭がんと食道がんの重複がんと診断された島本篤さん。声を温存するために全摘手術ではなく化学放射線療法を選択し、一度は目に見えるがんはなくなり、経過観察になりました。しかし、その後に局所再発が判明。再度、主治医からは声を失う全摘出手術を強く勧められます。生活の質(QOL)の維持を最優先に考えた島本さんが選んだのは、光免疫療法でした。想像を絶する副作用との闘いの末に、新たな治療へと進むことになった体験についてお話しいただきました。

突然のがん告知、自覚症状なき日常からの転落

2022年の4月、いつものように入浴中に洗顔している時に、ふと自分の首を触ると、これまでなかったはずのしこりのようなものに気がつきました。それまでの私は、マラソン大会に参加するなど体力には自信があり、体調不良を感じることはほとんどありませんでした。飲み込む時に、風邪のひきはじめのようなわずかな違和感がある程度で、日常生活に支障をきたすような症状はまったくなかったのです。 ちょうど4月に健康診断の予定があったので、最後の触診で医師に診てもらいましたが、「よくわからない」とのことでした。同時期に指の怪我で通っていた整形外科でもエコーで診てもらったのですが、「脂肪の塊かもしれないので、1か月後にまた見ましょう」という診断でした。しかし、妻が「首のしこりなら専門の耳鼻科で診てもらった方がいい」と強く勧めてくれたのです。 その言葉に背中を押され、近所の耳鼻咽喉科を受診しました。すると、医師は私の首を触診するなり、「すぐに紹介状を書きますから、大きな病院で精密検査を受けてください」と言いました。後日、大学病院へ向かい鼻から入れるマイクロスコープやエコー、そして組織を採取する生検などの検査を受けました。 2回目の診察で告げられた結果は、私の楽観的な想像をはるかに超えるものでした。「下咽頭がんのステージ4です」。さらに、医師から「念のため消化器も検査しましょう。この種のがんは重複することが多いので」と勧められ、内視鏡検査を受けたところ、今度は食道にステージ1のがんが見つかりました。幸い、下咽頭がんからの転移ではなく、それぞれが独立した原発のがん、いわゆる「重複がん」であることがわかりました。自覚症状がほとんどない中で、いきなり2つのがん、しかも1つはステージ4であるという事実を突きつけられました。

QOLを最優先した最初の治療選択

主治医からは、2つの治療方針が提示されました。1つは、咽頭と喉頭をすべて摘出する手術です。完治を目指し、再発率を下げるには最も有効な方法である一方、声を完全に失うという大きな代償を伴います。もう1つは、当時すでに一般的になっていた化学放射線療法です。再発のリスクは手術より高くなるものの、声を温存できるというメリットがありました。 私は整骨院を経営しており、患者さんとコミュニケーションを取りながら施術をするのが仕事です。また、仕事終わりに友人とお酒を飲みに行ったり、趣味で続けていた英会話を楽しんだりすることが、日々のストレス解消であり、人生の喜びでもありました。声を失うことは、仕事だけでなく、私の人生そのものの質を大きく損なうことを意味します。そのため、ほとんど悩むことなく、QOLの維持を最優先し、化学放射線療法を選択しました。 告知や治療方針の説明は、全て私1人で聞きました。妻にはその後報告しましたが、パニックになることなく、「これからどうすればいいか、全部ちゃんと私に教えてね」と冷静に受け止めてくれました。 2022年5月、まず転移した首の右のリンパ節を全部取る「右頸部リンパ節郭清術」という手術を1週間ほどの入院で受けました。翌6月から、抗がん剤(シスプラチン)と放射線療法を並行して行う化学放射線治療を1週間入院を1クールとして合計3クール行いました。その合間の退院期間は放射線治療のみを通院で受け続けることで、仕事を休まずに行うことができました。幸い、シスプラチンは食道がんにも効果があるとのことで、まず抗がん剤でがんを小さくしてから、最後に内視鏡手術で食道がんを切除するという流れになりました。 放射線治療の副作用で、治療中は声が出にくくなったり、咳が止まらなくなったりしました。また、放射線治療で喉がやけど状態になっていたため、激痛で食事ができない状態でした。こうした治療の副作用で、体力的にもつらい時期がありましたが仕事は続けました。幸いアシスタントが1人いてくれたので、入院中などはカバーしてもらい、なんとか乗り切ることができました。また、FacebookなどのSNSで自分の病状を公表し、患者さんにも正直に伝えました。嘘をついたり隠したりするのはストレスになりますし、何より正直に話すことで、周囲の理解やサポートを得られるのではないかと考えたからです。結果として、多くの方が心配し、支えてくれました。この時の決断は間違っていなかったと思っています。 2022年の5月から始まった一連の治療は9月に無事終了し、私は経過観察期間に入りました。

再発という試練と、手術以外の道を探る日々

治療終了から1年半ほど経った2024年の2月、定期的なPET検査で喉に再集積が見られ、放射線科の医師から「再発の可能性がある」と指摘されました。しかし、耳鼻科の主治医はマイクロスコープでの観察や腫瘍マーカーの値から、「がんの可能性は低いでしょう」と判断し、経過観察が続くことになりました。 ですが、半年後くらいから私自身、喉に明らかな異変を感じるようになっていました。3年前とは違う、飲み込む時の痛みや、食べ物がしみる感覚が日増しに強くなっていったのです。そして2025年4月、消化器科の内視鏡検査で、梨状陥凹(りじょうかんおう)という部分からはみ出しているがんが発見され、局所再発が確定しました。初回の治療で最大量の放射線と抗がん剤を投与したにもかかわらず、生き残った手強いがん細胞が再び増殖したということでした。 再発が確定し、次の診察に訪れると、主治医はすでに咽頭喉頭全摘出手術の日程まで決めていました。「咽頭喉頭全摘出手術しかありません」と、有無を言わさぬ口調でした。しかし、私にはどうしてもその選択を受け入れることができませんでした。 何とか手術以外の方法はないかと必死で調べ、当時、保険適用となって間もなかったBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)と光免疫療法という2つの治療法を見つけ出しました。私は、かすかな望みをかけて主治医に光免疫療法の話をしましたが、先生は光免疫療法に関しては消極的でした。「インターネットで言われているほど楽な治療ではない。QOLが下がる可能性もあります」と言われました。大学病院自体、その時点では光免疫療法の導入実績が1件もなかったことも、その理由だったのかもしれません。 それでも私が諦めきれずにいると、主治医は「どうしてもやりたいなら、都内の大学病院に紹介状を書きましょう」と言ってくれました。そこは、国内でも光免疫療法の症例数が多い、この治療の最前線ともいえる病院でした。「QOLを最優先する。やれることを全てやって、それでもダメなら手術を受け入れよう」その一心で、私は都内の大学病院で光免疫療法を受ける決意をしました。

光免疫療法、想像を絶する副作用との闘い

光免疫療法は、特殊な薬剤を点滴し、それががん細胞に集まったところで、薬剤にだけ反応する特殊なレーザー光を照射してがん細胞を破壊する治療法です。うまくいけば、声を失わずに済むかもしれないと考えていました。しかし、その現実は、最初の主治医が懸念した通り、そして私の想像をはるかに超える過酷なものでした。 1回目の治療後、まず私を襲ったのは、喉を焼かれるような激痛でした。例えるなら、火傷した箇所に塩を塗り込まれるような痛みで、すぐに医療用麻薬(フェンタニル)を投与してもらわなければ耐えられないほどでした。また、治療による喉の腫れで呼吸が困難になるため気管切開を行いましたが、自分の唾液が気管に流れ込み、毎晩自分の唾液で溺れるような苦しみも味わいました。 退院後も地獄は続きました。1か月以上にわたり、締め付けられるような激しい頭痛や、顔面痛、首痛が私を苦しめました。初回の化学放射線療法の副作用もつらいものでしたが、それとは比較にならない、まさに想像を絶する苦痛でした。 この時、頼りだったアシスタントはすでに退職しており、整骨院の仕事は私1人で回さなければなりませんでした。休むわけにはいかないので、モルヒネやフェンタニルなどの医療用麻薬を処方してもらい、痛みに耐え「根性だけ」で仕事を続けました。 当初、1か月後に2回目の光免疫療法を予定していましたが、このあまりに過酷な副作用のため、一度は延期をお願いしました。しかし、その後の検査でがん細胞がまだ残っていることが判明し、結局、予定を早めて2回目の治療に臨むことになりました。 ところが、治療当日、薬剤の点滴を開始してわずか数分で、私の体に異変が起きました。呼吸が苦しくなり、顔が腫れ、全身に蕁麻疹が出るアナフィラキシーショックを起こしてしまったのです。特に喉頭浮腫という喉が腫れる症状が出たことで、2回目の光免疫療法は受けることはできなくなりました。

後悔なき選択と、新たな治療への希望

光免疫療法という道が絶たれた私に提示されたのは、免疫チェックポイント阻害薬「キイトルーダ」による治療でした。これは元々、光免疫療法が2回終わった後に開始する予定だったものを前倒しする形でした。 光免疫療法1回のみでキイトルーダへ移行するという症例は、まだほとんどないそうです。しかし、私にはQOLを最優先して治療を選んできたことに、一片の後悔もありません。むしろ、この稀なケースが、今後同じように光免疫療法の過酷な副作用に苦しみ、2回目、3回目の治療をためらう人のための、新たな「前例」になるかもしれない。そう思うと、少し前向きな気持ちになれるのです。 現在、私はキイトルーダの治療を続けながら、経過を観察しているところです。この先どうなるかは、まだ誰にもわかりません。しかし、自分で考え、自分で決断し、納得して選んだ道だからこそ、どんな結果になろうとも受け入れる覚悟ができています。 がんは、私たちの人生を大きく揺るがす出来事です。しかし、そこで諦めるのではなく、自分で情報を集め、考え、行動することで、切り開ける道が必ずあると信じています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

私が自身の体験を通して、これからがんと向き合う方々にお伝えしたいことがいくつかあります。 インターネットの情報を鵜呑みにしないでください。 情報が溢れる現代ですが、その全てが正しいわけではありません。特に、自由診療の高額な治療法をうたうサイトなどには注意が必要です。公的機関や大学病院のウェブサイトなど、信頼できる情報源を複数確認し、ご自身で納得いくまで調べることが大切です。可能であれば、誰かの解釈が入った記事ではなく、元の論文などに当たってみるのもいいと思います。 医師と対等な立場で話し合い、納得できる治療を選んでください。 医師も人間であり、知識や考え方はさまざまです。もし、一方的に治療方針を押し付けるような医師であれば、ためらわずにセカンドオピニオンを求めるべきです。命を預けるのですから、自分が心から信頼し、納得して治療を任せられる医師を見つけることが何よりも重要です。 最後の決断は、自分自身で下してください。 私の場合は、自分で光免疫療法という選択肢を見つけ、それを強く主張したからこそ、手術を回避する道が開けました。医師の言う通りにしていたら、今頃声はなかったかもしれません。「先生にお任せします」ではなく、自分の人生のQOLをどう守りたいのかを真剣に考え、自分の意志で治療を選択して欲しいと思います。
体験談 頭頸部がん

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