写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:ゆすらうめさん(ニックネーム)
年代:60代
性別:女性
家族構成:息子と二人暮らし
仕事:求職中(診断時はフルタイムのパート勤務)
がんの種類:大腸がん
診断時ステージ:ステージ4
居住地:東京都
診断年:2024年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
居心地のよい職場で働いていたゆすらうめさん。会社の健康診断がきっかけで見つかったのは、ステージ4の大腸がんでした。手術、抗がん剤治療に加え、原因不明の下痢にも悩まされましたが、家族や周囲の支えが前向きな気持ちを持つきっかけにもなりました。同時期に重なった母親の死という出来事、そしてつらい治療や後遺症を乗り越え、自分らしい生活を取り戻しつつあるゆすらうめさんにお話しいただきました。
健康診断がきっかけ、2年越しの内視鏡検査で大腸がん告知
私ががんだとわかったのは、2024年4月のことでした。きっかけは、職場の健康診断で2年続けて「便潜血陽性」の結果が出たことです。自覚症状は全くありませんでした。
2023年に便潜血で陽性反応が出た際、すぐに大腸内視鏡検査を受けましたが、「異常なし」とのことでした。
しかし、翌年も同じ結果が出たため、今度は別の医療機関で検査を受けることにしました。すると、前回とは違い、カメラが腸の奥までしっかりと届き、そこに自分でもわかるほどの大きさの腫瘍が映っていました。前回の検査では、おそらくカメラが奥まで届ききらなかったのかもしれないと後から思いました。
検査を担当した医師からすぐに大学病院を紹介され、そこで精密検査を受けることになりました。この時点ではまだ、病気の重大さを理解できていませんでした。
手術で判明した「ステージ4」と、重なった母の死
大学病院での画像検査などでも、やはり大きな腫瘍が確認されました。ただ、当初の診断ではステージ2か3だろうという見立てで、「腹腔鏡手術で対応できるでしょう」と説明されていました。私は当時、フルタイムのパートで働いていましたが、会社に報告したところ、治療に専念するため休職することになりました。会社からは「治療を優先してください。いつでも待っていますから」という言葉をかけてもらい、安心して手術に臨むことができました。
しかし、入院後の詳細な検査で状況は一変しました。腹腔鏡手術の予定が開腹手術に変更となり、おなかを開いてみるとがんが腹膜にまで広がっていることがわかりました。その時点で私はステージ4と診断されました。
手術では、原発巣の上行結腸がんに加え、腹膜播種、さらに浸潤の可能性があった子宮や卵巣も摘出しました。幸い、肝臓や肺などへの遠隔転移はなく、目に見えるがんは全て取り切ることができたと説明を受けました。
実は、がんと診断される直前、正確には再検査を受けた翌日に、母が亡くなりました。そのため、手術までの約1か月間は、がんと診断された不安な気持ちも忘れ、母の相続手続きや実家の片付けなどに追われる日々でした。今思えば、やらなければならないことが山積していたおかげで、がんについて深く思い悩む時間がなかったのかもしれません。入院して手術を終え、麻酔から覚めた時に、ようやく「ああ、私はがんなんだ」と実感したほどです。
抗がん剤の副作用と、終わりの見えない下痢
手術後、再発を防ぐために半年間の抗がん剤治療が始まりました。吐き気はそれほど強くありませんでしたが、倦怠感がひどく、食欲も落ちて体重は激減しました。特に夏の暑さが体にこたえ、治療期間中のほとんどの時間、だるさを感じながら過ごしていました。
休職していた会社からは、「体調が落ち着いたら戻ってくれれば大丈夫だから」と、一度退職することを提案されました。大好きな仕事であり、素晴らしい同僚にも恵まれていたので、職場を離れるのは本当に残念でした。しかし、治療のつらさを考えると、その選択を受け入れるしかありませんでした。
抗がん剤治療以上に私を苦しめたのが、ひどい下痢でした。抗がん剤治療が終わってからも症状は一向に治まらず、むしろ悪化していく一方でした。外出先でトイレの心配をしなければならず、友人とお茶を飲むといった、ささやかな楽しみさえ奪われてしまいました。
主治医に何度も相談し、さまざまな下痢止めを試しましたが、効果はありません。先の見えない状況に、精神的にも追い詰められていきました。
下痢の原因が判明、一歩一歩日常生活を取り戻すまでの道のり
もう限界だと感じていた2025年の5月ごろ、私は改めて主治医につらい状況を訴えました。すると、主治医は「一度、消化器内科の専門医に診てもらいましょうか」と、院内の消化器内科へ紹介してくれたのです。
そこで内視鏡検査などを受けた結果、私の下痢の原因は「胆汁性下痢」という、手術で腸を切除したことによる後遺症の一種だと判明しました。原因がわかったことで、ようやく光が見えた気がしました。処方された薬を飲むと、あれほどひどかった症状が嘘のように治まっていったのです。
体調が回復するにつれて、少しずつ以前の生活を取り戻せるようになりました。車の運転も再開し、両親のお墓参りに行ったり、友人と久しぶりに外食を楽しんだりもできました。当たり前だと思っていた日常が、これほどまでに貴重で喜びに満ちたものだったのかと、改めて実感しています。
失ったものは多いけれど、それ以上に得たものがある
大好きだった仕事や同僚たちとの時間、そして気軽に外出できる自由な日常など、がんになったことで失ったものは少なくありません。しかし、それ以上に大きなものを得たと感じています。
それは、周囲の方々の支えのありがたさです。私が治療に専念できるよう、さりげなく家事を手伝ってくれた息子。つらい時期に励まし続けてくれた友人たち。そして、親身になって治療法を探してくれた医療スタッフの方々。多くの人に支えられて、今の私があります。
また、がんを経験したことで「死」をより身近に感じるようになりました。しかし、それは怖いという感情ではなく、「いつか訪れるものを、きちんと受け入れよう」という穏やかな覚悟に変わりました。
現在は、社会復帰を目指して求職活動中です。がんの治療で社会から一時的に離れたことで、少し寂しさを感じることもありました。がんになって、つらい治療を続ける中で感じたのは、社会とのつながりの大切さです。自分は一人ではない、居場所があるという気持ちがあれば、つらい症状があっても前を向いて乗り越えていけます。
今後は、体力的な負担も考えながら、時短勤務など自分に合った働き方を見つけていきたいと思っています。そして、中断していた習い事を再開したり、旅行に出かけたり、おしゃれを楽しんだり、やりたいことがたくさんあります。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がんと向き合っている方々にお伝えしたいことがあります。
周りを頼ることを恐れないでください。
ご家族や友人、同僚など、頼れる人には遠慮なく助けを求めてください。利用できるサポートはたくさんあります。さまざまな情報を集め、自分から助けを求める勇気を持つことが大切です。
社会とのつながりを持ち続けてください。
可能であれば、仕事や趣味など、社会との接点を持ち続けることをお勧めします。治療中は孤独を感じやすいですが、何かに没頭する時間が、病気のことを一時的に忘れさせてくれることもあります。
医療者には自分の思いをきちんと伝えましょう。
治療に関して疑問に思うことや、つらい症状がある場合は、遠慮せずに医師や看護師に伝えてください。私自身、下痢の症状を諦めずに訴え続けたことで、原因の特定と症状の改善につながりました。自分の体のことですから、納得できるまで話し合い、一緒に治療を進めていくという姿勢が重要です。
道は必ず開けます。焦らず、ご自身のペースで一歩ずつ進んでいってください。