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一人じゃない、乳がんステージ4の仲間と見つけた「がんと共に生きる」道

[公開日] 2025.10.07[最終更新日] 2025.12.24

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:田所綾子さん(本名) 年代:50代 性別:女性 家族構成:息子と二人暮らし(夫は現在単身赴任中) 仕事:自営業(現在は休職中) がんの種類:乳がん 診断時ステージ:ステージ1 居住地:千葉県(初発診断時は茨城県) 診断年:2014年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2014年、健康診断をきっかけにステージ1の乳がんと診断された田所綾子さん。手術後は「もう治った」と考え、定期的な経過観察から足が遠のいていました。しかし9年後、体の痛みから骨転移が発覚し、ステージ4の再発乳がんと告知されます。先の見えない治療の中で、田所さんの支えとなったのは、同じ病気と闘う仲間との出会いでした。がんと共存し、自分らしく生きる道を見つけるまでの歩みを、お話しいただきました。

健康診断でわかったステージ1の乳がん

最初のがんが見つかったのは、2014年のことでした。きっかけは健康診断です。要精密検査の通知を受け、健康診断を受けた病院でそのまま詳しい検査をしたところ、乳がんだとわかりました。手術でリンパ節への転移がないことが確認され、ステージは1でした。 がんの告知を受けたとき、不思議と大きなショックはありませんでした。検査で異常を指摘されていたので、「やっぱりそうか」と、どこか冷静に受け止めている自分がいました。いわゆる「頭が真っ白になる」という感覚は全くありませんでした。家族も、夫も息子も男性ということもあってか、感情を大きく表すことはなく、「そうなんだ」と淡々と事実を受け止めているようでした。

再建手術への期待と、その後の現実

治療は、乳房を全摘出し、再建手術を受けることにしました。ステージ1で、ホルモン受容体陽性で比較的おとなしいタイプだったため、術後の放射線治療や薬物療法もありませんでした。 温泉が大好きだった私は、手術後も変わらず温泉を楽しみたいという思いが強く、再建を決意しました。事前に再建経験者の話をセミナーなどで聞く機会もあり、期待は大きかったです。しかし、現実は想像とは少し違いました。 私の場合は、まずエキスパンダーという組織拡張器を胸に入れて皮膚を伸ばし、後日インプラントに入れ替える二期再建でした。このエキスパンダーが入っている間は痛みがひどく、3か月ほどは鎮痛剤を飲みながらでないと日常生活もままならない状態でした。 そして、最終的な仕上がりが、自分が思い描いていたものとは違いました。インプラントを入れた部分とそうでない部分の境目が気になり、ヒアルロン酸注射などで定期的なメンテナンスが必要な状態だったのです。気軽に温泉に行くことができず、再建したことで、かえって人目が気になってしまいました。大好きだった温泉には、それ以来一度も行けていません。今となっては、「再建しない方が良かったのかもしれない」と思うこともあります。

経過観察をしなかった9年間の「空白」と、突然の再発

手術から数年後、夫の転勤で県外へ引っ越すことになりました。最初のうちは転居先でも経過観察の検査を受けていたのですが、乳がんに関する知識が乏しかったこともあり、「ステージ1だったし、もうすっかり治っただろう」と甘く考えてしまい、いつしか病院から足が遠のいてしまいました。 そして、再発がわかるまでの9年間、私は自分が健康だと信じ、新しい土地で自営業を始めるなど、がんになる前と変わらない日常を過ごしていました。 異変に気づいたのは、腰に強い痛みを感じるようになったのがきっかけです。最初はマッサージなどでごまかしていましたが、じっとしていても痛むようになり、「これはおかしい」と近くの整形外科を受診しました。MRIを撮った結果、医師から告げられたのは「骨に転移しています」という言葉でした。 大きな病院で詳しく調べると、がんは腰だけでなく、頭蓋骨から大腿骨まで、全身の骨に広がっていることがわかりました。再発乳がんと診断され、ステージ4となりました。

同じ痛みを知る「仲間」という支え

ステージ4の告知を受け、私の治療生活が再び始まりました。引っ越しを繰り返していたこともあり、その都度、通える範囲で新しい病院を探す必要がありました。大阪では、ステージ4の患者さんを専門に診る病院に通いました。 治療方針も、病院によってさまざまでした。標準治療を続ける病院もあれば、そうでない治療法を試みる病院もありました。先の見えない治療に、一人で立ち向かうのは簡単なことではありませんでした。 そんな私の大きな支えとなったのが、同じステージ4の乳がん患者さんとの出会いでした。特に、大阪の病院には同じ境遇の患者さんが多く、そこで出会った人たちと連絡先を交換し、次第にネットワークが広がっていきました。 同じステージ4でも、初発の人と再発の人がいますし、治療の段階も人それぞれです。しかし、「再発の不安」や「治療のつらさ」といった、根底にある思いは共通しています。同じ痛みを知る仲間と話す時間は、何よりも心が安らぐひとときでした。病院の待合室で顔を合わせ、言葉を交わすだけで、「一人じゃないんだ」と心強く思えました。この仲間とのつながりが、今の私にとって一番の宝物です。

がんと共存し、自分らしく生きる

現在は、千葉の病院で「イブランス」という分子標的薬による治療を受けています。幸いなことに副作用はなく、ごく普通の生活を送ることができています。 ステージ4のがんは、完治が難しいと言われています。今の治療も、あくまで「延命」が目的だと理解しています。かつては「完治するかもしれない」と希望を抱いて治療を頑張っていた時期もありましたが、今は違います。副作用で苦しみながら毎日をベッドの上で過ごすくらいなら、たとえ命が少し短くなったとしても「自分らしく楽しい毎日を送りたい」と考えています。 息子ももう大学生になり、「親としての責任は果たせたかな」という気持ちもあります。これからは、自分の好きなように、自分のための人生を選んでいきたいと思っています。 もちろん、体のどこかが痛むたびに「また転移したのかな」という不安がよぎることはあります。それは、私だけでなく、仲間たちも同じです。でも、そうなってしまったら仕方がありません。なってしまったことを後悔するよりも、「これからどう生きるか」を考えることが大切だと気が付きました。私は、がんになったからこそ、限りある時間を大切に、自分らしく生きたいと強く思うようになりました。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

私の経験が、今がんと向き合っている方々にとって、少しでも参考になれば嬉しいです。 正しい知識を持つことが大切です。 私は「ステージ1だから大丈夫」と勝手に思い込み、経過観察をやめてしまいました。乳がんは、10年、20年経ってからでも再発する可能性がある病気です。まずは、ご自身の病気について正しく知ることが、後悔しない選択をするための第一歩だと思います。 経過観察は「お守り」と思って受けてください。 引っ越しなどで環境が変わると、新しい病院を探すのは確かに大変です。しかし、定期的な経過観察を続けていれば、もっと早い段階で再発を見つけられたかもしれません。信頼できる先生を見つけ、検査を続けることは、安心感にもつながると思います。 同じ境遇の仲間を見つけることが大切です。 特に、ステージ4のように複雑な思いを抱えている場合、同じ痛みや不安を共有できる仲間の存在は、何物にも代えがたい支えになります。今はSNSなどもありますし、一人で抱え込まず、ぜひ仲間を探してみてください。 人生の選択は、人それぞれです。 私が「生活の質(QOL)を優先する」という選択ができたのは、子育てが一段落したという状況も大きいと思います。治療法の選択に、正解はありません。ご自身の年齢や家庭環境、価値観に合わせて、自分が納得できる道を選ぶことが一番大切だと思います。
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