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乳がんステージ3、「仕事はやめなくていいよ」という医師の言葉が心の支えに

[公開日] 2025.10.06[最終更新日] 2025.12.24

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:むしろさん(ニックネーム) 年代:60代 性別:女性 家族構成:夫と長男の三人暮らし(長女は独立) 仕事:パート(週5日、6時間勤務) がんの種類:乳がん 診断時ステージ:ステージ3 居住地:大阪府 診断年:2017年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2017年、入浴後にふと鏡を見ると右胸のしこりに気付いたむしろさん。近くの婦人科クリニックから総合病院を紹介され、ステージ3の乳がんと診断されました。予期せぬ副作用に苦しみながらも、治療を乗り越える支えとなったのは、医師からかけられた何気ない一言でした。診断から現在に至るまでの道のりについて、お話を伺いました。

「やっぱり来たか」と冷静に受け止めたがんの告知

2017年、お風呂上がりに洗面台の鏡に映った自分の体を見たとき、右胸にしこりがあることに気が付きました。すぐに近所の婦人科クリニックへ行くと、「ここでは診断が難しいので、大きな病院へ行ってください」と、いくつかの病院を紹介されました。私はその中から、自宅から最も近い総合病院を選びました。 総合病院では、マンモグラフィー検査や超音波検査、生検などを受けました。検査の結果は乳がんで、その時点のステージは3と告げられました。 がんの告知を受けたときの気持ちは、「あ、やっぱり」という感じでした。しこりを見つけた時から「もしかしたらがんかも」という予感はありましたし、私の祖母も乳がんを経験していたからです。乳がんの種類によっては遺伝的な要素もあると聞いていたので、「やっぱり自分も」と納得する部分がありました。しかし、検査の結果、遺伝性の乳がんではなく、HER2陽性の乳がんでした。乳がんは自分も知っている「一般的な病気」だったので、どこかほっとした気持ちがあったのも事実です。

「仕事はやめなくていい」医師の言葉が支えに

主治医の先生からは、今後の治療方針について丁寧に説明がありました。まず手術でがんを取り除き、その後、抗がん剤治療、放射線治療という流れになるとのことでした。私の場合はしこりが大きかったため、選択の余地なく乳房の全摘手術が決まりました。 先生は一連の事務的な説明の中で、「手術は1週間ほどの入院ですが、抗がん剤も放射線も通院で治療できますからね。仕事はやめなくていいですよ」と、さらりとおっしゃいました。 その言葉を聞いたとき、私は「命に別状はないから、大げさに考えなくていいんだ。治療が終わったら、また仕事に戻れるんだ」と、前向きに捉えることができました。改まって言われるのではなく、会話の流れで自然に言われたことで、かえって「そんなに深刻に考える必要はない」というメッセージとして私の心に響いたのです。この一言が、これから続く長い治療生活の大きな支えになりました。

20kgの体重減、想像を絶した副作用との闘いと仕事への復帰

乳がんと診断された私はすぐに職場に事情を話し、快く理解してもらえました。当初は、抗がん剤治療も、通院した日とその後の2、3日休めば、仕事は続けられるだろうと軽く考えていました。しかし、実際に治療が始まると、副作用は私の想像をはるかに超えるもので、最終的に1年間休職することになりました。 抗がん剤の副作用で一番つらかったのは、食欲が全くなくなってしまったことです。それまではどちらかというとがっちりした体型で、食べることが大好きだった私が、薬を飲むために何かを無理やり口にしなければならないという状況に陥りました。食べることの楽しみを奪われたのは、精神的にもこたえました。 ほかにも、髪の毛はもちろん、体中の毛が全て抜け落ちました。手の爪はそれほどでもありませんでしたが、足の爪はほとんどボロボロになってしまいました。結局、体重は20kgも落ちてしまい、一時は自力で歩けなくなり、車いすのお世話になるほど体力が低下しました。放射線治療も、長女や同居している長男に車いすを押してもらい、通院するような状態でした。 1年間の治療と療養を経て、私は元の職場に復帰することができました。現在も半年に1回の定期検診と、リンパ浮腫のケアのために月1回マッサージに通っていますが、元気に過ごしています。 同僚からは「がんになったのに、どうしてそんなに明るく過ごせるの」と言われますが、主治医が何気なくおっしゃった「仕事はやめなくていいよ」という一言のおかげで、「深刻にならずに前向きに治療に取り組めたこと」「家族や職場の方々の理解とサポートがあったこと」で乗り越えられたのだと思います。

つらい経験でも捉え方で変わる、がんになって得た考え方

抗がん剤治療の副作用のうち、味覚障害と手足のしびれは今も残っています。特に味覚障害は深刻で、鼻に抜ける風味というものが感じられなくなりました。例えば、カレーを食べてもカレーの味がしないのです。大好きだった「食べることの楽しみ」は、以前とは全く違うものになってしまいました。 しかし、つらいことばかりではありませんでした。あれほど苦しんだ副作用ですが、結果的に太りすぎていた私をスリムな体型にしてくれました。これは、つらい治療を乗り越えた「ご褒美」かなと思うようにしています。せっかく痩せさせてもらったのだから、この体を維持しようと、今は前向きに捉えています。 手術後に初めて食べるものに対しては、「多分こんな味だろうな」と頭の中で想像しながら食べるようになりました。これも、味覚障害と付き合っていくために、自分なりに見つけた新しい楽しみ方です。 主治医からの「仕事はやめなくていいですよ」という何気ない一言に対しても、いろいろな捉え方があると思います。自分は、「仕事をやめなくていい」という言葉から「仕事をやめなければならないほど深刻な状況じゃない」と、その時は無意識に考えたのだと思います。 「深刻な状況でない」と考えつつも、「がんの進行状況はどうなのか」「ほかの治療選択はないのか」などが気になり、セカンドオピニオンを考えたことはありました。しかし、「自由診療(自費診療)であること」や「現在の主治医が信頼できたこと」から、結局セカンドオピニオンは受けませんでした。 セカンドオピニオンを受けなかったことに後悔はありません。今、自分が健康で生活できているという事実が、これまで受けてきた治療が自分にとって最善だったことの証しだと考えています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

私のがん体験を通して、今まさにがんと向き合っておられる方々にお伝えしたいことがあります。 信頼できる主治医の言葉を大切にしてください。 私にとって、医師の「仕事はやめなくていいよ」という一言は、深刻になりすぎず治療に臨むための大きなお守りになりました。治療方針などで不安があれば、セカンドオピニオンも選択肢の一つですが、自分が信頼した先生の言葉を信じることも大切だと思います。 身近なサバイバーの存在が力になります。 私の祖母が乳がんを乗り越えていたという事実が、「乳がんは助かる病気だ」という楽観的な気持ちにしてくれました。もし身近にいなければ、患者会のがんサロンなどに参加して、同じ経験をした方々と話してみるのも良いかもしれません。 つらい経験も、見方を変えればプラスになります。 副作用で食べられなくなり20kg痩せたことは、本当につらい経験でした。しかし、見方を変えれば「スリムな体を手に入れるきっかけになった」とも考えられます。物事を自分にとって良いように解釈することで、気持ちが楽になることもあります。 がんは十人十色、自分は自分と考えてください。 同じがん、同じステージでも、治療の経過や副作用の出方は人それぞれです。他の人の体験談は参考にはなりますが、「あの人はこうなのに、どうして私は」と比べすぎないことが大切です。自分に合う治療法や考え方を取り入れながら、自分のペースで進んでいけば良いのだと思います。 不安は尽きないと思いますが、ご自身が選んだ道を信じて、前向きに進んでいかれることを願っています。
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