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トリプルネガティブ乳がん、先の見えない不安と闘い、仕事を続けることで取り戻した日常

[公開日] 2025.10.02[最終更新日] 2025.12.26

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:まるこさん(ニックネーム) 年代:40代 性別:女性 家族構成:一人暮らし 仕事:公務員 がんの種類:乳がん 診断時ステージ:ステージ3C 居住地:栃木県 診断年:2023年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2023年2月、脇の下のしこりに気づいたまるこさん。すぐに専門のクリニックを受診し、告げられたのは「ステージ3Cのトリプルネガティブ乳がん」という厳しい診断でした。不確かな情報に惑わされ、「出口のないトンネル」にいるような心境だったそうです。しかし、治療方針が定まり、職場の理解に支えられながら治療と向き合う中で、かつては「ストレス」とさえ思っていた仕事が、社会とのつながりとなっていました。仕事を続けることで、日常を取り戻すことができたがんとの向き合い方をお話しいただきました。

毎年受けていた人間ドックでは「異常なし」

私が最初に体の異変に気づいたのは、2023年の2月上旬でした。毎年3月に人間ドックを受けており、そこではずっと異常を指摘されたことはありませんでした。しかし、ふと脇の下をマッサージした時に、ゴリゴリとしたしこりがあることに気づいたのです。明らかに腫れていたので、「これはすぐに診てもらった方がいい」と直感しました。 すぐに自分で病院を探し、車で1時間ほどかかる市内の乳腺外科クリニックを受診しました。そこは個人のクリニックでしたが、検査機器が全てそろっており、その日のうちに詳しい検査と結果の説明が受けられる場所でした。マンモグラフィーと超音波検査の結果、医師からは「がんの可能性がかなり高い」と告げられ、1週間後に針生検を行いました。そして3月中旬、組織検査の結果、「乳がん」であることが確定したのです。

診断からの不安な日々―不確かな情報に惑わされた

脇のしこりに気づいた時から、「これはもしかしたら乳がんかもしれない」という予感はありました。不安に駆られてインターネットで検索すると、同じような症状の方のブログなどが見つかりました。しかし、そこにあるのは遺族が最後に書き込んだ「〇〇は亡くなりました」といった結末ばかり。どう探しても、治療を乗り越えて元気になったというポジティブな情報にはたどり着けませんでした。 事実が何もわからないまま、不確かな情報に触れる日々は、まさに出口のない真っ暗なトンネルの中にいるようでした。最悪の事態ばかりを想像してしまい、今思い出してもつらくなるほど、答えの出ない不安な感情に支配されていました。 クリニックでは、私のがんは「トリプルネガティブ」というサブタイプで、皮膚が赤みを帯びていることから、まれな「炎症性乳がん」の可能性も指摘されました。そこで、専門的な治療ができる病院の紹介状を書くとおっしゃってくださいました。乳がんになった後輩が、がんセンターで治療を受けたことがあり、その話を聞いていたので、がんセンターへの紹介状を書いてもらいました。 がんセンターで精密検査を受けた結果、最終的な診断は「ステージ3C」。医師からは、「本来なら手術の適用外となるほど進行しているが、まず抗がん剤治療でがんを小さくし、効果があれば手術をしましょう」という治療方針が提案されました。薬で小さくならなければこのまま死んでしまうのかもしれないという恐怖を感じる一方で、「まだ治療法がある」という事実に希望の光を見出したのもこの時です。 治療方針という確かな情報が得られたこと、そして医師や看護師という専門家チームが自分についてくれていると感じられたことで、ようやく「治療を頑張ろう」と前向きな気持ちになることができました。

仕事がくれた「病気を考えない時間」

診断が確定し、治療方針が決まった時、私が家族よりも先に報告したのは、職場の直属の上司や同僚でした。今後の治療スケジュールを全て伝え、休みの取り方などを相談したところ、全面的に協力していただけることになり、希望通りに休みを取得して治療に専念できる環境を整えてもらうことができました。 術前の抗がん剤治療は、2023年4~7月にかけて行われました。この期間は、薬が効かなかったらどうしようという不安が常にあり、精神的には最もつらい時期でした。副作用ももちろんありました。髪の毛は全て抜け落ち、眉毛やまつげもなくなりました。特に、白血球を増やすための注射(G-CSF製剤)の副作用はつらく、注射後2時間ほどは横になっていないと耐えられないほどでした。 しかし、そんなつらい治療期間中に私を支えてくれたのは、がんになる前は「忙しくて嫌だな」とさえ思っていた仕事でした。仕事に集中している間は、病気のことを考えずに済みます。医師からも「病気になったからといって、すぐに仕事をやめたり休んだりしないでください。気持ちが病気に集中しすぎて、余計にネガティブになってしまいますから」とアドバイスを受けていました。 仕事があることで、自分には社会の中に居場所があると感じられましたし、何より「がんを考えない時間」を持つことができました。この時間が、心のバランスを保つ上でどれほど大きな助けになったかわかりません。 幸い、抗がん剤の効果がありました。治療後に受けた検査では5cmほどあった腫瘍が手術可能な大きさにまで縮小していると告げられた時が、どん底の気持ちが一気に回復した瞬間でした。

全ての治療を乗り越え、取り戻した日常

手術は、がんの悪性度が高かったため、乳房再建は行わず、全摘出となりました。術後の病理検査では、リンパ節への転移はなかったとわかり、これもまた、私を前向きにさせてくれるうれしい知らせでした。 手術の後は、放射線治療を25回行いました。平日は毎日、午前中に仕事をして、午後3時ごろから病院へ通うという生活です。その後、2024年の5月まで、ゼローダという経口抗がん剤を服用し、私の全ての一連の治療は終了しました。 治療中は、脱毛による見た目の変化など、つらいこともたくさんありました。特に眉毛やまつ毛がなくなると、目にゴミが入りやすくなったり、メイクがしにくくなったりと、生活に支障が出ます。自分でティントタイプのアイブロウを使うなど工夫して乗り切りましたが、そうしたケアの方法は、病院で教えてもらうというより、インターネットで同じ病気を経験した方の情報を参考にしました。 振り返れば、脇のしこりに気づいてからの一年余りは、不安と恐怖、そして治療のつらさとの闘いでした。しかし、その一つひとつを乗り越え、今、こうして以前と同じように仕事を続け、旅行やドライブといった趣味も楽しめています。以前と同じように仕事ができる、当たり前の日常を送れるということが、これほど大きな喜びなのだと、病気になって初めて実感しています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

私自身の体験から、今、まさに不安の中にいる方へ伝えたいことが2つあります。 正確な情報に触れ、それ以外は見ない勇気を持ちましょう。 診断が確定する前の不安な時期は、誰もがインターネットでさまざまな情報を検索してしまうと思います。しかし、そこには不確かな情報やネガティブな体験談もあふれています。そうした情報に触れると、さらに不安が増してしまいます。公的な機関や病院が発信する正確な情報だけを信じ、それ以外のものは見ないようにする。それが、心の平穏を保つためには非常に重要だと思います。 日常生活を変えない努力をしてください。 病気になったからといって、急いで仕事をやめたり、生活のペースを大きく変えたりする必要はないと思います。これまで通りに日常を送ることが、自分自身を支える一番の力になります。仕事や趣味など、自分が社会とつながっていると感じられる場所を持ち続けることが、病気と向き合う上で大きな助けとなるはずです。もし周りのサポートが必要な時は、遠慮せずに状況を説明し、助けを求めることも大切です。
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