写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:あんぱんさん(ニックネーム)
年代:60代
性別:女性
家族構成:一人暮らし
仕事:非常勤講師(がん診断時は学校教員)
がんの種類:乳がん
居住地:奈良県
診断年:2019年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
「私ががんになるはずがない」という健康への自信から、体に現れた異変から目をそむけていたというあんぱんさん。しかし、周囲の勧めもあり2019年に検診を受け、それがきっかけで乳がんと診断されます。手術、放射線、抗がん剤治療を終えた矢先、今度は骨への転移が見つかり、ステージ4の告知を受けました。終わりの見えない治療と、つらい副作用に悩みながらも、「回復力」という言葉を胸に、前向きに病と向き合う日々についてお話しいただきました。
健康への過信が生んだ発見の遅れ
2019年の秋まで、私は自分ががんになるなど夢にも思っていませんでした。これまで大きな病気をしたこともなく、定年を間近に控えながら、教員として元気に働いていました。体に「しこり」のような症状があることには気づいていましたが、「これだけ健康な私ががんのはずがない」という強い思い込みがあり、しばらく放置してしまっていました。
しかし、しこりはだんだんと大きくなり、心配した妹たちから「一度お医者さんに行った方がいい」と強く勧められました。あまりに言われるので、重い腰を上げて役場の集団検診を受けたのが2019年11月19日のことでした。結果、医師からは「どうしてこんなに大きくなるまで放っておいたのですか」と厳しく言われ、その場で奈良県にある大学病院への紹介状を渡されました。これまでがん検診は受けず、一般的な健康診断だけで済ませていたことへの後悔が押し寄せました。
大学病院では、すぐに骨シンチグラフィーやCT、MRIといった精密検査を受け、12月にはPET検査も行いました。矢継ぎ早に行われる検査に、事態の深刻さを感じずにはいられませんでした。そして、年が明けた2020年1月7日に手術を受けることが決まりました。
全ての治療を受ける覚悟と、コロナ禍という偶然
これだけがんが大きくなっているのだから、手術だけでなく、放射線治療、抗がん剤治療、ホルモン療法と、考えられる治療は全て行う必要があると医師から説明を受けました。セカンドオピニオンという制度があることも聞きましたが、医師の「すぐに手術をしなければいけない」という強い言葉と、他に頼れる医師もいなかったことから、全てをこの病院にお任せしようと心を決めました。
手術のことは学校の管理職にも報告しましたが、ちょうどその頃、日本中で新型コロナウイルスが猛威を振るい始めました。私が退院して間もなく、全国の学校が一斉に休校になったのです。これは私にとって不幸中の幸いでした。
術後に行った放射線治療では、皮膚がやけどのようにヒリヒリと痛みました。また、抗がん剤治療では髪の毛が全て抜け落ちました。もし通常通り学校へ勤務していたら、こうした副作用と向き合いながら働くのは精神的にも肉体的にも非常につらかったと思います。しかし、休校期間中だったおかげで、他人の目を気にすることなく、治療に専念し、家でゆっくりと体を休めることができました。治療期間とコロナ禍の休校が重なったのは本当に幸いだったと感じています。
ステージ4の告知と、終わらない治療の始まり
手術から1年が経った頃、定期検査のMRIで、がんが骨に転移していることがわかりました。そして、医師からはっきりと「ステージ4です」と告げられたのです。ステージ4ということは、これから死ぬまで治療を続けなければいけないのだろうかという思いが重くのしかかりました。
これまでの治療は一旦終わり、新たな治療が始まりました。フェソロデックスという注射と、ベージニオという飲み薬によるホルモン療法です。この治療が始まってから、今も続く副作用との闘いが始まりました。
特に悩まされているのが、爪と髪への影響です。爪は薄くもろくなり、指先で何かをつかむのさえしんどい時があります。日常生活を送る上でも、爪が剥がれたり割れたりしないか、常に気を遣わなければなりません。さらにつらかったのは、脱毛です。抗がん剤で抜けた後、せっかく生えてきた髪は、以前とは比べ物にならないほど細く、縮れてしまいました。かつては艶やかで量の多さが自慢だっただけに、その変化は大きな精神的苦痛でした。
この治療を始めて、もうすぐ4年になります。つらい副作用はありますが、幸いなことに薬はよく効いてくれており、3~4か月に1度の検査では、骨に転移したがんは、落ち着いていると言われています。
治療効果と副作用のジレンマ
「薬が効いているから、治療を続けましょう」と医師にそう言われるたびに、複雑な気持ちになります。検査結果が良いことは嬉しい反面、このつらい副作用が一生続くのかと思うと、心が重くなります。
せめて薬の量を減らせないかと思い、ベージニオについて医師に相談したことがあります。私の訴えは受け入れられ、最初は150mgでしたが100mgに減量してもらうことができました。しかし、それ以上の減量や、注射薬であるフェソロデックスの減量はできないと言われています。
治療を一旦休む「休薬」という選択肢についても、常に考えています。ある時、新聞で「治療を一旦休むのも一つの考え方だ」という専門医の記事を読み、希望をもちました。治療開始から5年という節目を迎えたら、医師に休薬を申し出てみようと、今はそれを一つの目標にしています。
私を支えた「回復力」という言葉
つらい治療の日々の中で、私の心を支えてくれた一つの言葉があります。それは、コロナ禍の最中に読んだ新聞記事にあった「回復力」という言葉です。ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授の記事で、「人生では病気などさまざまな困難が起こるが、そこから回復する力が何よりも大切だ」という内容でした。
タバコも吸わず、運動もして、健康に気を使ってきた私でもがんになりました。この記事を読んで「どんなに気をつけていても、がんになる時はなってしまう。大事なのは、がんになったという事実を嘆くことではなく、そこからいかに回復していくかだ」と気づかされ、そして、「私は絶対にこのがんに負けたくない」と強く思いました。
それ以来、私は自分自身の「回復力」を高めることを意識して生活しています。特別なことをするわけではありません。運動、睡眠、食事という基本的な生活習慣を大切にし、一日一日の営みを丁寧に過ごすようにしています。それが、がんという困難に立ち向かうための力を与えてくれると信じています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
私の体験が、今、がんと向き合っている方々の少しでもお役に立てれば嬉しいです。
「おかしい」と感じたら、ためらわずに病院へ行ってください。
私自身、「自分は健康だ」という過信から受診が遅れたことを、今でも後悔しています。体に少しでも異変を感じたら、「まさか」と思わず、勇気を出して専門医の診察を受けてください。早期発見は何よりも大切です。
誰もがもっている「回復力」を信じて、育ててみてください。
がんになったという事実は変えられません。大切なのは、なった後どう向き合っていくかです。日々の生活を丁寧に送り、自分自身の治癒力を信じることが、つらい治療を乗り越える力になります。基本的な生活習慣を整えることが、その第一歩です。
治療の効果を最大限に引き出す努力をしてください。
治療を行うのは医師ですが、その治療を受けるのは私たち患者自身です。薬を飲む時間を守ったり、自分の体調を正確に伝えたりと、医師が治療しやすい状況を自分で作ることはできます。医師と信頼関係を築き、「治療が無駄にならないように」という気持ちで臨むことが、良い結果につながると信じています。