写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:山村基毅さん(本名)
年代:60代
性別:男性
家族構成:妻と二人暮らし
仕事:フリーランス(出版関係)
がんの種類:大腸がん
診断時ステージ:ステージ3
居住地:東京都
診断年:2020年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
フリーランスとして出版関係の仕事に携わる山村基毅さん。2020年、健康診断で深刻な貧血を指摘されたことをきっかけに、大腸がん(直腸がん)が判明しました。ステージ3と診断され、手術で原発巣を切除したものの、約5か月後に肺への転移が発覚。以降、現在に至るまで抗がん剤治療を続けています。つらい副作用や代替療法への揺れる思い、そして変化した死生観。がんと「共存」していく覚悟を決めた山村さんのこれまでの道のりを、詳しくお話しいただきました。
自覚症状はなかったのに、「倒れてもおかしくない」貧血状態だった
私ががんだとわかったきっかけは、健康診断でした。健康診断を受けなかった年があったのですが、その1年後に受けた際、血液検査の結果に異常が見つかったのです。ヘモグロビンの数値が極端に低く、医師からは「本当に倒れてもおかしくないレベルだ」と言われました。
しかし、自分自身ではこれといった自覚症状はありませんでした。今思えば、妻から「歩くのが遅くなった」などと指摘されることはありましたが、それが貧血のせいだとは夢にも思っていませんでした。
この深刻な貧血の原因を突き止めるため、健康診断を受けた施設から近くの総合病院を紹介され、精密検査を受けることになりました。当初は痔などによる出血も疑われましたが、詳しく調べていくうちに、大腸に原因があることがわかりました。そして最終的に「直腸がん」という診断が下されたのです。
がんがかなり大きかったため、大腸内視鏡を入れようとしても、がんが邪魔をしてカメラが奥まで入らない状態でした。その事実を知らされて初めて、「そういえば、最近便秘気味だったかもしれない」と思い至るほど、自分の中では予兆を感じていませんでした。
「切るしかない」現実と、セカンドオピニオン
CTなどの画像検査の結果、がんの進行度はステージ2か3だろうという見立てでした(手術後の病理検査で最終的にステージ3と確定)。すでに便通にも影響が出始めており、担当の医師からは「もう手術で切るしかありません」と、はっきり告げられました。
それでも、心のどこかでは「手術をしないで済む方法があるのではないか」という甘い考えがありましたし、他の治療法の可能性も知りたいと思いました。そこで、セカンドオピニオンを受けることにしました。しかし、別の病院の医師からも返ってきたのは、最初の医師と全く同じ「これはもう手術するしかない」という意見でした。この結果を受け、私は腹をくくり、最初に診断された総合病院で手術を受けることを決意しました。
フリーランスという仕事柄、入院となると取引先にも影響が出ます。診断がついた時点で、関係者には病気のことを正直に話し、理解を求めました。入院期間は約3週間と聞いていたので、それまでに終えられる仕事は前倒しで片付け、進行中の仕事は調整をお願いしました。幸い、皆さんの協力のおかげで、安心して治療に専念できる環境を整えることができました。
告知は妻と二人で一緒に聞きました。妻はショックを受けながらも、「もっと早く気付いてあげられればよかったね」と私を気遣ってくれました。その言葉が、二人で病気と向き合っていく、第一歩でした。
手術、そして2か月間のストーマ生活
2021年の年明け、私は直腸がんの切除手術を受けました。手術前の説明では、がんの位置によっては肛門を温存できず、永久的な人工肛門(ストーマ)になる可能性があると聞いていました。一時的なストーマで済むのか、それとも永久になるのかは、手術をしてみないとわからないとのことでした。
麻酔から覚め、自分のおなかを確認すると、そこにはストーマがありました。しかし、それは小腸から造設されたもので、一時的なものであることがわかりました。肛門が温存されたのだと、その時は少しだけほっとしたのを覚えています。
そこから2~3か月間、ストーマとの生活が始まりました。しかし、これが想像以上に大変でした。特に、私の場合は小腸ストーマだったので、排出される便はほとんど液状です。固形の便と違って自分の意思とは関係なく常に出てくるため、パウチ(便をためる袋)の管理が非常に難しく、交換する際に溢れてしまうこともありました。衛生面だけでなく、精神的にもつらい日々でした。
術後5か月での転移と、抗がん剤治療への移行
手術後の病理検査の結果、がんはリンパ節にも転移しているステージ3であることがわかりました。そのため、再発予防として、ストーマを閉鎖する手術を終えた後に治療が始まりましたが、この時の抗がん剤の副作用はほとんどなく生活することができました。
これでがん治療は一段落するはずでした。しかし、手術から約半年が経った2021年の秋、定期検査で肺に複数の転移が見つかったのです。
複数の転移がある場合、手術で取り除くことは困難です。医師からは「これからは、抗がん剤治療でがんの進行を抑えていくことになります」と説明されました。治療は長期戦になること、そしてより専門的な知識が必要になることを考え、私は自分でインターネットなどで調べ、抗がん剤治療に定評のある大学病院へ転院することにしました。
大学病院では、まず点滴のためのCVポートという器具を胸に埋め込み、化学療法がスタートしました。遺伝子検査も行い、将来使える可能性のある分子標的薬がいくつかあることもわかりました。一次治療、二次治療と、薬の効果を見ながら、効かなくなれば次の薬へと切り替えていく治療方針が示されました。ここから、副作用との長い闘いが始まったのです。
日常生活を蝕む副作用と、代替療法への思い
転移後の抗がん剤治療で、私の生活は一変しました。特に一番つらかったのは、足のしびれです。薬の影響で末梢神経がダメージを受け、常に足先がじんじんとしびれているのです。歩行に困難をきたすほどではありませんが、椅子から立ち上がる時など、日常の何気ない動作がしんどく感じられます。
その他にも、何を食べてもおいしく感じられない味覚障害、痛みを伴う口内炎、そして二次治療の薬に変えてからは脱毛も経験しました。途中、抗がん剤の副作用で間質性肺炎を発症し、3~4か月ほど治療を中断した時期もありました。休薬中は副作用から解放されて体は楽でしたが、治療をしていないことへの不安も常にありました。
これだけ副作用がつらいと、やはり「もっと楽な治療法はないのか」という気持ちが芽生えてくるものです。私も、体に負担が少ないとされる代替療法について、ずいぶん調べました。温熱療法など、いかにも効きそうなものに心が引かれたこともあります。
しかし、詳しく調べてみると、どうも科学的根拠が乏しくうさん臭く感じられたり、なぜ効くのかというメカニズムがよくわからなかったりするものがほとんどでした。納得できないものに高額な費用を払う気にはなれず、結局、私はつらくても医学的に効果が証明されている標準治療を続けることを選びました。
現在も、副作用と付き合いながらの治療は続いています。足のしびれに加え、もう一つ切実な悩みが、手術の後遺症である排便コントロールの難しさです。肛門は温存できましたが、直腸が短くなったことで便を溜めておく機能が著しく低下し、便意を感じてから我慢することが難しくなりました。ストーマは大変でしたが、管理のしやすさという点では、今の方が苦労しているかもしれません。
がんと診断されてから4年近くが経ち、がんと共に生きていく、「共存」という考え方をせざるを得ないと感じています。どこかで今の治療と生活のバランスが崩れる時が来ることはわかっています。動けなくなるほどの状態になるなら、治療をやめる選択も考えるかもしれません。しかし、それまではなんとかこの状態を維持していきたいと思っています。
がんになったことで、死生観は確かに変わりました。「がんになって良かった」とは決して思いませんが、この経験を通して得た気づきを大切にしながら、これからも自分なりのペースでがんと向き合っていこうと思っています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
私自身の経験から、今まさにがんと闘っている方、これから治療に臨む方へお伝えしたいことが3つあります。
「副作用が全くなく、楽に治るような治療法はない」と心得てください。
副作用が全くなく、楽に治るような治療法は、残念ながら今のところ存在しないと思います。多くの患者さんが、さまざまなしんどい思いをしながら治療を続けています。まずは、治療にはある程度のつらさが伴うものだという覚悟を持つことが、現実と向き合う第一歩になるかもしれません。
治療を乗り越えるための「やりたいこと」を探してください。
つらい治療を続けていくためには、モチベーションが不可欠です。それは仕事でも、趣味でも、家族との時間でも、何でもいいと思います。「これをやり遂げるまでは頑張ろう」と思えるような目標を持つことが、苦しい時の大きな支えになります。私にとっては、仕事が、治療を続ける力になっています。
一人で抱え込まず、家族や周りにサポートを頼んでください。
がん治療は孤独な闘いになりがちですが、一人で頑張る必要はありません。つらい時は、家族や信頼できる人に頼ることが大切です。私の場合、妻がストーマの交換や在宅での点滴ポンプの管理などを全て引き受けてくれました。彼女のサポートがなければ、ここまで治療を続けてこられなかったと思います。周りの助けは、必ず大きな力になります。