写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:NSRさん(ニックネーム)
年代:50代
性別:男性
家族構成:一人暮らし(単身赴任中)
仕事:会社員
がんの種類:スキルス胃がん
診断時ステージ:ステージ3C
居住地:千葉県
診断年:2018年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
会社の健康診断から半年後、宴会での胃痛をきっかけに自らの不調に気づき、検査を受けたNSRさん。そこで判明したのは、進行したスキルス胃がんでした。最初に受診した病院では「手術はできない」と告げられましたが、自ら選んだ次の病院で精密検査を受けた結果、手術が可能であるとわかり、治療に臨むことになったNSRさんにお話しいただきました。
「おかしい」という自分の感覚を信じて受診
がんが見つかる半年前、2017年10月に会社の健康診断で胃のバリウム検査を受けましたが、結果は「全く異常なし」でした。しかし翌年の5月、会社の宴会で胃が張り裂けそうになるほどの痛みに襲われました。食べ放題の店で、かなり食べる方だった自分でも経験したことのない痛みでした。20分ほどで治まったので、その時は一時的なものだろうと思っていました。
異変が確信に変わったのは、その後です。毎週通っていたお好み焼き屋さんで、週を追うごとに明らかに食べられる量が減っていったのです。生ビール1杯も飲めなくなり、お店のご主人からも「あんなに食べてたのに、おかしいよ。病院に行っといで」と心配されるほどでした。
この時、「これはおかしい」と強く感じました。私は予約もせず、朝食を抜いて近所のクリニックへ向かいました。医師に「胃内視鏡検査をしてほしい」と頼みましたが、最初はなかなか応じてもらえません。それでも諦めきれず、半ば無理やり胃内視鏡検査を受けることができました。あの時、粘っていなかったらと思うと今でもぞっとします。
胃内視鏡検査の映像は、リアルタイムで自分でも見ました。本来つるっとしているはずの胃の壁が、トタン板のように波打ち、ボコボコになっていました。素人目にも正常ではないとわかる状態でした。
「がん治療ならがんセンター」という子どもの頃からイメージを信じて
クリニックの先生からは、「かなり進行したスキルス胃がんです。ステージは3から4でしょう」と告げられました。そして、近隣の総合病院を2つ紹介されましたが、私はその両方に行くことを断りました。というのも、以前、受診したことがある病院で、あまり良い印象ではなかったからです。「この状態でそこへ行っても、助からないだろう」と考えました。
私の中には、子どもの頃から「がん治療ならがんセンター」というイメージがありました。まさか自分ががんになるとは思ってもいませんでしたが、いざその時が来て、そこへ行こうと決めました。紹介状だけを書いてもらい、自分でがんセンターに電話をかけ、受診の予約を取り付けました。
初診の日は、2018年7月6日の金曜日でした。持参した資料や画像を見た外科の先生から告げられた言葉は、「手術はできません。何もしなければ余命は3か月から6か月。抗がん剤治療をしても1年です」という厳しいものでした。画像検査をはじめとするさまざまな検査をその日のうちに受け、帰宅しました。
手術不可の診断と、方針転換の連絡
しかし、その日の夕方に状況が変わりました。病院から一本の電話がかかってきたのです。「検査の結果、他の臓器への転移が見られませんでした。つきましては、手術から治療を始めることになりましたので、週明けの月曜日に来てください」。
その日は余命宣告を受け、気持ちも落ち込んでいました。単身赴任の部屋に帰り、一人で壁を見つめながら「半年後、自分はこの世にいないのか」と考え、死後のことを思い、身の回りのものを捨て始める「断捨離」まで始めていました。そんな中での、方針が大きく変わるという知らせでした。あれだけ多くの患者さんがいる中で、その日のうちに検査結果を精査し、方針を決めて連絡をくれた。この迅速な対応は、がんセンターならではだったのかもしれないと思いました。
週明け、改めて面談に臨むと、そこにいたのは初診の先生とは別の、食道がんを専門とする執刀医の先生でした。その先生からは、「この手術は僕がやります。あなたの胃がんは食道まで達していますが、私がなんとかしますから」という言葉がありました。
9時間半の手術と、5年間の抗がん剤治療
手術の条件は、「腹膜播種(ふくまくはしゅ)がないこと」と「腹水の中にがん細胞がないこと」。この2つをクリアできれば、根治を目指すという話でした。
そして手術当日、その条件をクリアし、9時間半にもおよぶ大手術が行われました。胃は全摘出し、がんは食道まで達していたため、食道を切除し小腸を持ち上げてつなぎ合わせるという大掛かりなものでした。最終的に、リンパ節への転移が14個見つかり、私のステージは「3C」と確定しました。
術後、「再発する可能性は高い」と言われましたが、私は諦めませんでした。手術から約2週間で退院し、その10日後にはフルタイムで会社に復帰しました。
そして、術後1か月から抗がん剤治療が始まりました。飲み薬の「TS-1」と点滴の「ドセタキセル」の併用療法です。通常、TS-1の服用は1年間の予定でしたが、私は「5年間飲ませてほしい」と自ら医師にお願いし、5年間飲み続けました。
単身での闘病生活と、食事の工夫
単身赴任中の一人での闘病でしたが、洗濯や自炊など、身の回りのことはすべて自分でこなしました。手足の痺れや痛みといった副作用はつらかったですが、生活に困ることは意外とありませんでした。
一番苦労したのは食事です。胃がないため、食べたものが詰まって5分くらい苦しんだり、食べてもすぐに下痢になったりしました。退院3日目に行った焼き鳥屋では、食べたものが詰まって大変な思いもしました。
しかし、元々食いしん坊だった私は、「食べたい」という気持ちを優先しました。栄養士さんの指導は参考にしつつも、制限はないと言われたので、寿司などの生ものも含め、食べたいものを食べました。「胃はないけど、口が欲しがる」のです。そうやって少しずつ体を慣らしていくうちに、食べられる量も増えていきました。今では、大鍋いっぱいのキムチ鍋を食べられるほど回復しています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
私の経験から、今がんと闘っている方へ伝えたいことがあります。
後悔しないよう、ベストを尽くしてください。
「がんになったことは仕方がない」と受け止めるしかありません。治るかどうかは、運の要素もあるかもしれません。でも、だからといって諦めるのではなく、「治る」と信じて、今自分にできるベストを尽くすことが大切だと思います。食事の改善でも、生活習慣の見直しでも、何でもいい。後から「あの時、あれをやっておけばよかった」と後悔しないように、やれることはすべてやってみる。その積み重ねが、未来につながると信じています。
自分に合う、信じられる医療を選んでください。
私は、自分が信じる病院を選び、そこで最善の治療を受けられたことが、良い結果につながったと思っています。情報が溢れる中で、怪しい治療法に手を出すのではなく、標準治療を軸に、自分が納得できる、信頼できる医療機関や医師を見つけることが非常に重要です。
希望は、ある日突然やってくることもあります。
一度は「手術できない」と言われ、死を覚悟しました。しかし、たった半日で状況は変わりました。どんなに絶望的な状況でも、諦めずに前に進もうとすることで、道が開けることがあるかもしれません。