写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:小島愛一郎さん(本名)
年代:50代
性別:男性
家族構成:妻、子ども二人と同居(ほか三人の子どもは独立)
仕事:ウェブライター(診断時は会社経営)
がんの種類:食道がん
診断時ステージ:ステージ1B
居住地:京都府
診断年:2019年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
会社経営者として多忙な日々を送っていた小島愛一郎さんは、健康診断で食道がんが発覚しました。ステージ1Bという診断を受け、治療法の選択という大きな壁に直面します。食道がんの手術で苦しんだ義理の弟の姿、そして自らが陥った情報収集の罠「確証バイアス」。それらを乗り越え、セカンドオピニオンを経て主体的に治療法を選び取った小島さん。その経験は、後に多くの患者さんの道しるべとなる患者会での活動へとつながっていきます。発見の経緯から治療の選択、そして「患者目線の情報」の重要性について、お話していただきました。
健康診断で見つかった食道がん
私が食道がんだとわかったのは、健康診断で受けた内視鏡検査がきっかけでした。検査から1週間ほど経ったある日、検査を受けた地元の病院から電話がかかってきました。「がんが見つかりましたので、消化器内科に来てください」。非常に直接的な告知でした。
病院へ行くと、医師から「ここでの食道がんの手術は難しい」と言われ、大学病院への紹介状を渡されました。この時点では、医師から「そんなにひどいものではありませんよ」「それほど深くは浸潤していませんよ」といった説明があり、深刻な状況だという実感はまだありませんでした。
紹介先の病院では、まずESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)という処置を受けることになりました。ただ、その時の私には、それが検査のためなのか、あるいは治療そのものなのか、明確な区別がついていませんでした。医師から言われた「ESD」という言葉も初めて聞くもので、何をされるのかよくわからずに「わかりました」と答えるしかありませんでした。今振り返ると、こうした医療専門用語が、最初の大きな壁だったと感じます。
治療法選択の岐路とセカンドオピニオン
ESDで切除した組織の病理検査の結果、私の食道がんはステージ1Bであることが確定しました。そして、今後の治療方針として「外科手術」と「化学放射線療法」という2つの選択肢が提示されました。
2019年当時、食道がんの標準治療はまだ外科手術が主流という認識でした。告知を受けた時はがんに対する知識はほとんどありませんでしたが、その後インターネットなどで、自分のがんのことを調べまくっていた私には、頭の中に2つの大きな情報がありました。一つは、ちょうどその年の1月に、臨床試験の結果として「外科手術と化学放射線療法の治療成績は同等である」というデータが発表されていたことです。
そしてもう一つが、若くして食道がんで亡くなった義理の弟の存在です。彼も外科手術を受けましたが、術後は横になると食べたものが逆流してくるなど、つらそうな姿を間近で見ていました。その記憶が、手術という選択肢に対して私を慎重にさせていました。
主治医から治療法についてどうするかと問われた時、隣にいた妻が「セカンドオピニオンをお願いしたら」と小声で私に言いました。その一言に背中を押され、主治医にセカンドオピニオンを受けたい旨を伝え、別の大学病院へ話を聞きに行くことにしました。
セカンドオピニオンで話を聞いた先生は、まさに先述の臨床試験に関わった方でした。先生からは、統計データとしての治療成績の話に加え、「あなたの状態でいえば、1年から1年半で再発する可能性もある」「最終的に決めるのは自分自身です」という、冷静かつ現実的な話を聞くことができました。
義弟のつらそうな姿と、再発の可能性。この2つを考え合わせた時、私の気持ちは固まりました。「再発する可能性があるなら、食道を全て取ってしんどい思いをするよりも、化学放射線療法を選びたい。その方が、治療後もおいしくご飯が食べられるだろう」そう考え、化学放射線療法で治療を進めることを決断しました。
陥った「確証バイアス」の罠
治療法の決定に至るまで、私自身、大きな反省点があります。それは「確証バイアス」に陥ってしまっていたことです。
確証バイアスとは、自分にとって都合のいい情報ばかりを集め、反証する情報を無視したり集めようとしなかったりする心理的な傾向のことです。私は20年近く会社を経営し、物事を天秤にかけ、常に冷静な判断を下してきたという自負がありました。しかし、自分自身の命に関わることになった途端、その冷静さを失っていたのです。
化学放射線療法という選択肢を知る前は、「手術しかない」と思い込み、インターネットで手術に関する情報ばかりを調べていました。そして、いざ化学放射線療法を知ると、今度は「化学放射線療法の方が手術より優れているに違いない」という無意識の前提のもと、その治療法のメリットばかりが書かれた情報を目で追っていました。
Googleで検索して出てきたタイトルの中から、無意識に自分が見たいものだけをクリックしていたのです。副作用などのリスクについてもしっかりと調べ、両方の治療法を客観的に比較検討することができていませんでした。SNSで意見が偏る現象と、全く同じことが自分の頭の中で起きていたのです。今まさに治療法を調べている方には、この確証バイアスの存在を意識し、メリット・デメリット双方の情報を公平に集めることの重要性を伝えたいです。
会社経営者としての決断
最終的に化学放射線療法を選び、治療が始まりました。しかし、抗がん剤の副作用は想像以上に厳しいものでした。「この体の状態で、的確な経営判断を下し続けることはできない。自分の一言で社員を路頭に迷わせるわけにはいかない」そう考え、私は会社を売却することを決意しました。診断から約4か月後のことでした。
「いつ終わるのか」見えない副作用の苦しみ
治療中、何よりもつらかったのは、吐き気や便秘といった副作用が「いつ始まり、いつ終わるのか」という見通しが全く立たなかったことです。
医師や看護師に尋ねても、「それは人それぞれですから、何とも言えませんね」という答えしか返ってきません。もちろん、個人差が大きいことは頭ではわかっています。明日終わると言われて、その通りにならなくても文句は言いません。ただ、それでも「一般的な傾向として、こういう事例が多いですよ」といった、目安になる一言が欲しかったのです。先の見えない暗闇の中を、ただひたすら耐え続けるのは精神的に非常につらいものでした。
この経験が、私を患者会へと向かわせました。食道がんの患者会「食がんリングス」に参加してみると、会員の多くが、私と全く同じ悩みを抱えていることがわかりました。
そこで私たちは、会員全員にアンケートを取り、副作用が「いつ頃始まり、いつ頃終わったか」という膨大な実例を集め、一冊の冊子にまとめたのです。同じように、手術を受けた患者が悩むことが多い「ダンピング症候群」についても冊子にまとめました。この冊子を全国のがん診療連携拠点病院に配布したところ、多くの医師から「患者さんに説明する手間が省ける」「これを見ておいてくださいと言えるので助かる」と、非常に高く評価されました。患者が本当に欲しいのは、統計データだけではなく、自分と似たような境遇の人の「生きた事例集」なのだと確信しました。
家族の「いつも通り」が支えに
つらい治療期間中、大きな支えとなったのは家族の存在でした。当時、わが家には中学生から社会人まで5人の子どもがいましたが、彼らは私ががんになったからといって、過度に心配したり、腫れ物に触るように接したりすることはありませんでした。
放射線治療で髪が抜け落ちても、以前と変わらず「ご飯行こうよ」と誘ってくれました。その「いつも通り」の態度が、どれほどありがたかったかわかりません。
私は子どもたちに、がんになったことを伝えた時、「ネットの情報はキリがないから、調べるな。それよりも、毎日の父さんの姿を見て、元気そうか、しんどそうか、それだけを判断してほしい」と伝えました。ご家族の方も、ネットの情報に振り回されて過敏になるのではなく、患者本人と向き合い、普段通りの生活を続けてあげることが、何よりのサポートになるのではないかと思います。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
私自身の経験を踏まえて、今がんと向き合っている方やそのご家族に伝えたいことがあります。
経験者の声を聞くために、患者会への参加を考えてみてください。
ネットで情報を集めても、表層的な情報しか手に入らず、確証バイアスに陥りがちです。それよりも、実際に同じ経験をした人が集まる患者会に参加し、「自分の場合はどうでしたか?」と直接質問する方が、はるかに確実で早く深く知ることができます。可能であれば、ご家族も一緒に参加することをお勧めします。
家族は「いつも通り」を心がけてください。
患者本人以上に家族が悲観的になったり、過敏に反応したりすることがあります。ネットの情報に一喜一憂せず、客観的な視点を忘れないでください。「あれはダメ、これはどう?」と過度に干渉するのではなく、これまで通りの日常を保ってくれることが、患者にとっては大きな心の支えになります。
「先生にお任せします」は禁物。自分の人生の決定権を手放さないでください。
特に年配の方に多いですが、「先生にお任せします」という一言で、治療の選択を他人に委ねてしまうのは、あまりにももったいないことです。それは、自分の人生の決定権を放棄するのと同じです。セカンドオピニオンなどを活用し、納得できるまで情報を集め、主体的に治療に関わっていくことが何よりも大切だと考えます。