写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:みどりさん(ニックネーム)
年代:40代
性別:女性
家族構成:両親と同居
仕事:会社員(ケアマネージャー)→現在は独立して起業
がんの種類:肺がん
診断時ステージ:ステージ3A
居住地:埼玉県
診断年:2024年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
会社の定期検診で肺がんが見つかったみどりさん。ステージ3Aという進行した状態でありながらも、どこか他人事のように告知を受け止め、淡々と治療に向き合ってきました。しかし、治療の副作用や職場の対応など、さまざまな困難も経験します。がんと診断され、仕事や生き方を見つめ直したその道のりについて、お話を伺いました。
発見のきっかけは健康診断の「影」
私が自分の体の異変に気づいたのは、2023年に受けた会社の定期健康診断がきっかけでした。その時の検査で、「肺に影がある」と指摘されたのです。しかし、当時は新型コロナウイルスが流行していた時期。「知らないうちにコロナにかかっていたのかな」と軽く考え、そのまま放置してしまいました。自分でも驚くほど健康には自信があり、風邪すらほとんど引いたことがなかったからです。
その1年後、2024年の定期健診で事態は大きく動きました。以前指摘された影が大きくなっていることがわかり、検診を受けた当日の夕方には、検査機関から「急いで受診してください」と電話連絡が入りました。それでもまだ、「大げさだな」くらいにしか思っておらず、深刻には捉えていませんでした。
紹介された検診センターの呼吸器科でCT検査をすると、医師は私の前年と今回の画像を見比べ、「完全に大きくなっていますね。リンパ節への転移も見られ、これは良いものではないので、専門の病院で詳しく検査した方がいい」と言いました。
私は仕事柄、地域の病院事情に詳しかったため、自分で通える範囲で最も信頼できるがん専門病院を探し、紹介状を書いていただきました。この時点でも、まだ自分のこととして受け止められていない、不思議な感覚でした。
ステージ3Aの告知。それでもどこか「他人事」
がん専門病院で精密検査を受けた結果、私の病気は「肺がん」で、ステージ3Aだということがわかりました。幸い遠隔転移は見つからないものの、がんが大きいため、このままでは手術ができないとのことで、まずは抗がん剤と免疫チェックポイント阻害薬を使い、がんを小さくしてから手術を目指すという治療方針が示されました。
ステージ3Aと聞いても、なぜか冷静でした。まるで自分ではない誰かの話を聞いているような、どこか他人事のような感覚です。目の前で医師が話す治療スケジュールを、ただ淡々とこなすべきタスクのように聞いていました。
治療が始まると、がんそのものによる症状は全くなかった私の体に、はっきりとした変化が現れました。抗がん剤の副作用です。体はどんどんつらくなり、「本当に私はがんなのだろうか」「いっそ治療をやめてしまいたい」と何度も思いました。
副作用で白血球の数値に異常が見つかり、治療が計画通りに進まない時期もありました。そのたびに私は医師に「本当に私はがんですか」と尋ね、肺がん自体の症状もないのに、治療の副作用でつらい思いをしてまで、このまま続ける意味があるのかと訴えました。
その時、医師ははっきりと私に言いました。「がんは確実に進行しています。ここで治療をやめれば、この先に待っているのは…」。直接的な言葉ではありませんでしたが、その意味は十分に伝わりました。そして、「せっかくつらい検査を乗り越えて、ここまで治療を進めてきたのだから、もう少し頑張ってみませんか」と、優しく諭してくれたのです。この言葉に、私はもう少しだけ頑張ってみようと心を決めました。
職場とのすれ違いと、独立という決断
私は当時、会社で管理職として働いていました。がんの疑いがあるとわかった時点で、すぐに上司に報告し、今後の働き方について相談しました。会社としては、これまでがんになった社員がおらず、対応がわからなかったようです。「有給休暇を使いながら、自分で調整してできる範囲で仕事をしてほしい」と言われました。
しかし、治療が進むにつれて、会社側の対応に違和感を覚えるようになりました。上司や同僚は、私ががんだと知ると、腫れ物に触るような態度になったのです。私が休んでいる間に、補佐をしてくれていた部下はストレスで体調を崩してしまいました。
「がん患者だから、もっとゆったり仕事をした方がいい」「君が休んだせいで会社の売上が下がった」。そんな言葉を投げかけられることもありました。私としては、抗がん剤治療の入院も2泊3日で、月に4日ほど休むだけ。手術の時でさえ、休んだのは2週間です。インフルエンザで休む社員と大差ないはずなのに、なぜ「がん」というだけで、ここまで特別扱いされなくてはいけないのかと思いました。
他の病気の社員にはする配慮が、私には向けられていないように感じました。この会社に居続けるのは難しい、そう感じた私は、退職し自分で仕事を始めることを決意しました。
手術で初めて意識した「死」と、生き方の変化
術前の治療が功を奏し、がんは十分に小さくなり、無事に手術を受けられることになりましたが、右肺のほとんどを切除する大手術でした。手術ができるということで安心はしましたが、その一方で不安もありました。
手術室に向かい、麻酔をかけられる直前、「このまま目が覚めなかったらどうしよう」という、強烈な恐怖に初めて襲われました。その時、走馬灯のようにこれまでの人生が頭を駆け巡り、「もっと我慢しないで、やりたいことをやっておけばよかった」と後悔の念が湧き上がってきたのです。
この経験を境に、私の死生観は大きく変わりました。「死は、すぐ隣にある」、そう思うようになってから、後悔しないように生きようと決めました。例えば、道端に落ちているゴミが気になったら、見て見ぬふりをするのではなく、拾うようになりました。ほんの些細なことですが、「あの時拾っておけばよかった」と後で悔やむくらいなら、今行動しようという気持ちの表れです。
そして、会社を辞めて自分で仕事を立ち上げたのも、この死生観の変化が大きく影響しています。それは、私にとって「生きる希望」を作るための選択でした。
手術した部分の痛みは今も完全には消えません。食事もたくさんは食べられなくなり、以前よりずっと疲れやすくなりました。しかし、新しく始めた仕事に夢中になっている間は、不思議と痛みも忘れているのです。「再発するかもしれない」という不安が頭をよぎることもあります。でも、自分で立ち上げた仕事があるから、中途半端に投げ出すわけにはいかない。それが、私を前に進ませてくれる原動力になっています。
以前、同じように大病を経験し、「いつ死ぬかわからないから」と自分で会社を立ち上げた友人がいました。当時はその友人の気持ちがよくわかりませんでしたが、今ならわかります。自分で未来への希望を作り出すことが、どれほど生きる力になるかということを。
がんは私から多くのものを奪いましたが、同時に、本当に大切なことに気づかせてくれました。それは、後悔しないように、今を精一杯生きるということです。
がんは、今や2人に1人が経験する時代です。もっと社会全体が、「風邪をひくのと同じくらい、誰にでも起こり得ること」と捉えてくれるようになれば、患者さんの心の負担も少しは軽くなるのではないかと感じています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
私が今回の経験を通して、今がんと向き合っている方々にお伝えしたいことがあります。
インターネットの情報に惑わされないでください。
特に動画サイトなどには、不確かな情報や、特定の治療法を否定するような意見が溢れています。そういった情報は見れば見るほど不安になり、迷いが生じます。情報収集は、信頼できる医療機関のサイトなど、専門性の高いものに絞ることをお勧めします。
主治医を信じ、とことん対話してください。
治療の主役は、あなた自身です。そして医師は、あくまでその手助けをしてくれる存在です。もし今の主治医を信頼できないと感じたら、病院を変えることも選択肢の1つです。信頼できる医師を見つけたら、わからないこと、不安なことは何でも質問し、納得して治療に臨むことが大切です。
治すのは医師ではなく、「自分自身」という意識を持ってください。
治療後の生活を具体的に想像してみてください。医師は病気を治す専門家ですが、あなたの生活のことまで想像してくれるわけではありません。自分がどう生きたいのかを考え、それを医師に伝えることも、より良い治療に繋がると思います。