写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:相澤美穂子さん(本名)
年代:50代
性別:女性
家族構成:一人暮らし
仕事:旅行・観光専門のコンサルタント、現在は大学教員
がんの種類:乳がん
診断時ステージ:ステージ1
居住地:長野県
診断年:2020年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
ある日、入浴中に気づいた胸のしこり。最初に行ったクリニックで「ステージ0」と告げられるも、その治療方針に疑問を抱いた相澤美穂子さん。自らセカンドオピニオンを求め、最終的に「ステージ1のトリプルネガティブ乳がん」という診断を受けます。治療と仕事を両立させる中で見出した「がんサバイバーと旅行」という新たなテーマ。それは、彼女のキャリアを大きく変えるきっかけとなりました。どのように自身の経験を力に変え、新たな道を切り拓いていったのか、お話ししていただきました。
最初の診断への違和感から、セカンドオピニオンへ
がんとの闘いは、ある日の入浴中、自分の手で胸のしこりに気づいたことから始まりました。すぐに都内のターミナル駅近くにある乳腺クリニックを予約し、受診しました。
クリニックではマンモグラフィーと超音波検査を受けました。超音波検査の最中、医師の「これは…」というような雰囲気に、良くないものである可能性を直感しました。その後、系列の検査専門機関でMRI検査を受けるよう指示され、検査の結果「まず、がんで間違いないだろう」と告げられました。
驚いたのは、その後のクリニックの対応でした。医師は「ステージ0なので、検査という名目でそのままくり抜けば大丈夫。手術は翌日にもできます」というのです。私が「細胞診はしなくていいのですか」と尋ねると、「やると、がん細胞が広がりますよ」と言われました。さらに、「その治療は標準治療ですか?」と質問したところ、返ってきた答えは「違います」という一言でした。
この「標準治療ではない」という言葉に、私の心は大きな不信感を抱きました。翌日の手術を一旦は予約したものの、家に帰って冷静に考え直し、すぐにキャンセルしました。このままこのクリニックで治療を進めることはできないと思ったのです。
どうすればいいか迷っていた時、別の持病でかかっていた病院の先生に相談する機会がありました。乳がんと診断されたこと、そして治療を受ける病院を探していることを話すと、先生は「乳がんなら、もっと実績のある病院があるのではないか」と、都内の大学病院を2つ教えてくれました。
2つの大学病院について調べ、通いやすさなどを比較検討した結果、そのうちの1つに決めました。そして、クリニックに紹介状を書いてもらい、転院の手続きを進めました。
大学病院では、改めてマンモグラフィーなどの検査に加え、クリニックでは行われなかった細胞診(針生検)が行われました。「前のクリニックでは、細胞診をするとがんが広がると言われたのですが」と伝えると、担当の先生は「そのようなことはありませんので、きちんと検査しましょう」と丁寧に説明してくださり、その時点でようやく安堵できたのを覚えています。
そして告げられた確定診断は、「ステージ1のトリプルネガティブ乳がん」。大きさは1.8cmほど。最初のクリニックで言われた「ステージ0」という見立てとは、全く異なるものでした。あの時、違和感を信じて自分で行動を起こして本当に良かったと心から思いました。
治療と仕事の両立、そして「旅行」という光
私の母も乳がんを経験していたため、いつか自分もなるかもしれないという覚悟は、心のどこかにありました。それでも、「トリプルネガティブ」というタイプであること、そしてがんの大きさが2cm近くあったことから、再発への不安は隠せませんでした。
治療方針を決めるにあたり、まずは遺伝子検査(BRCA検査)を受けました。結果は陰性だったため、乳房の全摘出ではなく、温存手術を選択することにしました。手術で摘出した組織を詳しく調べた結果、浸潤が認められたため、術後には抗がん剤治療、そして温存した乳房への放射線治療を行うことになりました。
抗がん剤治療は通院で行いました。特に、3週間に1度のAC療法は副作用が強く、投与後の5日間ほどは吐き気止めの薬を飲んでいても食欲が全くなくなり、寝たきりのような状態で過ごしました。その期間が抜けるまでが、一番つらい時期でした。
当時、私は旅行・観光専門のコンサルタントとして働いていました。幸いだったのは、コロナ禍であったため、会社が完全テレワークに移行しており、また裁量労働制だったことです。上司に相談したところ、時短勤務などの制度を適用するのではなく、体調に合わせて自分のペースで仕事を進めるよう配慮してくれました。抗がん剤治療中は、万が一の際にすぐ対応できる病院がないエリアへの出張をなくしてもらうなど、業務内容も調整していただき、職場の理解あるサポートには本当に感謝しています。
治療中の生活は、どうしても気持ちが内にこもりがちでした。もともと山登りが好きだった私は、せめて近くの山にでも行きたい、という気持ちが日に日に強くなっていきました。抗がん剤の点滴中、看護師さんに「高尾山に登りたいんです」と話してみたところ、「主治医の先生に相談してみて、いいと言われたら行ってもいいんじゃない?」と背中を押してくれました。主治医からも許可が下り、感染症対策の手袋をするなどの注意点を守って登った高尾山は、最高の気分転換になりました。
この経験は、私にとって大きな光となりました。
がんという経験を、自分だけの専門分野に
全ての治療が終わった後、私はがん患者さんを支援するセミナーなどに積極的に参加するようになりました。そこで多くの仲間と出会う中で、「自分にできることは何だろう」と考えるようになりました。乳がんの患者会は東京に既にたくさんありましたが、私には観光コンサルタントとしての専門知識と経験があります。「がん患者さんの旅行をサポートする」。これは誰も本格的に手掛けていない、私だからこそできるテーマではないか。そう気づいた瞬間でした。
まずはプライベートな活動として、セミナーで知り合ったスポーツトレーナーやがん患者の就労支援をする団体の方と協力し、「運動を通じて体力をつけ、みんなで高尾山に登る」というイベントを企画しました。安全を期すため、日本対がん協会さんの助成金をいただき、医師や医療従事者の方にもボランティアで同行してもらう体制を整えました。
イベント当日、あいにくの雨で山頂までは行けませんでしたが、参加者の方からは「病気の話をしなくてもいいのが嬉しい」「みんなと体を動かしている間は、手足のしびれなどの副作用を忘れていた」といった声が聞かれ、活動の確かな手応えを感じました。
この活動と並行して、本業の会社でも「がん患者の旅行」をテーマにした研究を企画し、論文にまとめることに挑戦しました。インターネット調査の結果、日本でも海外の研究と同様に、「旅行が治療のつらさを忘れさせ、前向きな気持ちにさせる効果がある」という可能性があることがわかりました。
この研究を通じて、「がんサバイバーの旅行」を自分の生涯のテーマとして深く探求していきたいという思いが固まり、大学教員への転職を決意しました。コンサルタントとして働き続ける道もありましたが、大学という場で研究を続けたいと思ったのです。現在は、がんサバイバーの方々が抱える経済的・体力的な課題をどうすれば解消し、もっと気軽に旅行に出かけられる環境を作れるかということを研究しています。
一人じゃない。オンラインでの繋がりが支えに
治療中、特に心の支えとなったのは、オンラインでの繋がりでした。当時はコロナ禍で、対面の患者会に参加するのは難しい状況でした。そこで私は、Twitter(現X)で同じトリプルネガティブ乳がんの患者さんを探して繋がり、日々の治療のことや副作用対策など、さまざまな情報を交換し合いました。一人暮らしで、東京が地元ではなかった私にとって、いつでもオンラインで繋がれる仲間がいることは、「つらいのは自分だけじゃないんだ」と思える大きな力になりました。
家の中に一人でいると、どうしても気持ちは暗い方へ向かってしまいます。でも、外に出て山に登ったり、オンラインで誰かと話したりする時間は、頭を空っぽにしてくれました。病気のことばかり考えすぎず、全く違うことに没頭する時間を持つことの大切さを、身をもって実感しています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
私ががんになって最初に感じたのは、その「運の悪さ」に対してでした。同じ年齢でも、ならない人はたくさんいる。ただ運悪くなっただけで、何も得ずに終わるのはつまらない。「なったことをプラスに変えてやろう」とそう思えたことが、今の私に繋がっています。この経験から、皆さんに伝えたいことがあります。
病気になったという事実を、どう捉えるか考えてみてください。
もちろん、がんになって良かったとは思いません。しかし、私はがんになったことで、それまで見つけられなかった「生涯かけてやりたいテーマ」を見つけることができました。病気をただ嘆くのではなく、この経験から何を得られるか、どう人生に生かせるか、という視点を持つことで、道が開けるかもしれません。
「一人じゃない」と思える繋がりを見つけましょう。
私の場合はSNSでしたが、患者会でも、友人でも、家族でも構いません。孤独は、治療において大きな敵になります。つらい時に気持ちを分かち合えたり、励まし合えたりする存在は、何よりも強い心の支えになります。
治療から離れて、頭を空っぽにする時間を作ってください。
私の場合は山登りでしたが、好きな音楽を聴く、映画を見る、何でもいいと思います。四六時中がんのことばかり考えていると、気持ちは沈んでいく一方です。意識的に治療や病気のことを忘れられる時間を作ることで、心に余裕が生まれます。
弱い立場を知ることは、強さになります。
がんになったことで、自分がいかに健康というものに無頓着だったか、そして世の中にはさまざまな困難を抱えながら生活している人がいるという事実に気づかされました。自らが体験し、人の弱さや痛みを理解できるようになったことは、私の人生にとって大きな財産だと思っています。その経験は、きっとあなたの人生も豊かにしてくれるはずです。