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トリプルネガティブ乳がん、「仕事を続け、日常を変えない」と決めた理由

[公開日] 2025.09.03[最終更新日] 2025.12.24

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:neiさん(ニックネーム) 年代:40代 性別:女性 家族構成:両親と三人暮らし 仕事:国家公務員(事務職) がんの種類:トリプルネガティブ乳がん 診断時ステージ:ステージ2 居住地:福岡県 診断年:2022年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 トリプルネガティブ乳がんと診断されたneiさん。国家公務員として働きながら、手術、抗がん剤、放射線という標準治療を休職することなく完走しました。その背景には、「治療のために日常を諦めない」という強い意志と、自ら情報を得て治療法を選択する主体的な姿勢がありました。仕事と治療の両立をどのように実現したのか、お話ししていただきました。

「良性」のはずが…。健診当日に「至急、精密検査」と告げられた

がんがわかったきっかけは、職場の健康診断でした。実はその3年ほど前から、胸にしこりがあることには気付いていました。しかし、最初にしこりを見つけた時に一度検査を受けており、その際に「良性なので、1年に1回程度の検査で大丈夫」といわれていたため、自分の中では「これは良性のしこりだ」と思い込み、特に心配していませんでした。 毎年、職場の婦人科検診は受けていましたが、特に異常を指摘されることはありませんでした。ところが2022年の健康診断の日のことです。通常、結果は後日郵送で届きますが、その日は健診の当日に診察室に呼ばれたのです。「今すぐ、どこでもいいので精密検査を受けてください」。医師の言葉には、これまでとは違う緊急性が含まれていました。 急いで病院を探し始めましたが、以前「良性」と診断されたクリニックに電話すると、予約は1か月半待ち。友人に相談し、婦人科に強いと評判の総合病院を教えてもらい、そちらの方が早く予約が取れたため、受診を決めました。 精密検査の結果、告げられた診断は「トリプルネガティブ乳がん、ステージ2」。腫瘍の直径は4cmほどで、鎖骨の下あたり、脂肪の薄い部分にあったため、自分でもすぐに触ってわかる状態でした。

必死に情報を集めた2週間、自分で見つけた「最善の道」

主治医からは、がんの標準治療として「手術・化学療法・放射線治療」の3つの組み合わせがあると説明されました。しかし、手術の予約は早くても2か月先。2週間後の次の診察までに、考えるべき多くの選択肢を提示されました。 1つ目は、私は40代前半だったので、妊孕性温存(卵子凍結)という選択肢についてです。2つ目は、遺伝性の乳がんの可能性があるため、親族にどこまで伝えるかという倫理的な問題についてです。そして3つ目は、乳房を全摘した場合に再建手術をどうするかということでした。診断時に、非常に多くの情報を伝えられ、それを一旦持ち帰ることになりました。 医師は「こうしなさい」と治療法を指示するのではなく、あくまで患者自身が決定するという姿勢でした。知識のない私は、とにかくその2週間で必死に情報を集めました。その中で、私のタイプのがんの場合、「先に化学療法(抗がん剤治療)を行った方が、再発率が低い」という内容の論文を見つけたのです。 私にとって、がんを告知されてから治療が始まるまでの2か月間、何もしないで待つという時間は耐え難いものでした。「一刻も早く、何か治療を始めたい」という思いと、自分で見つけた情報を手に、私は次の診察で、「手術までに時間があるなら、先に抗がん剤治療をしたいです」と伝えました。 すると先生は、「よく決断したね」と、その言葉を待っていたかのようにすぐに動いてくれました。抗がん剤の点滴ルートを確保するためのCVポート(抗がん剤などの薬剤を投与する際に、血管への負担を軽減するために体内に埋め込む医療機器)を埋め込む手術は短時間で済むため、すぐに予定を組むことが可能とのことでした。こうして、私の治療計画は「抗がん剤→手術→放射線治療」という順番に決まったのです。

手術前日まで続いた葛藤

先に始めた抗がん剤治療は、私の場合、非常に効果がありました。4cmあった腫瘍は、自分でもわかるほどどんどん小さくなり、最終的には画像でもほとんど見えないくらいになりました。 そのおかげで、手術の方法として乳房を全て切除する「全摘」ではなく、一部だけを切除する「乳房部分切除術」という選択肢が生まれました。しかし、ここでまた新たな迷いが生じます。温存すれば再発リスクが残るのではないかということです。海外の女性俳優が予防的に両乳房を切除した話も思い出し、私も全摘を選ぶべきかと、手術の前日まで悩み続けました。 そんな私の背中を押してくれたのは、友人や同室の患者さんの言葉でした。「せっかく抗がん剤が効いて残せる選択肢ができたのだから、残せばいいじゃない」「左を全摘しても、右に再発したら同じこと。その時にまた考えればいい」。その言葉で、ふっと心が軽くなりました。「そうだ、残せるという選択肢を得られたこと自体が、治療の成果なのだ」と納得し、私は部分切除を選びました。

日常を諦めない。仕事と治療を両立できた理由

私が治療を通して一貫して目指したのは、「仕事を続け、日常を変えない」ことでした。そのため、がんだとわかった時、職場の上司や同僚、家族、親戚にも全てオープンに話しました。特に職場の健康診断が発見のきっかけだったため、上司にも話がしやすく、治療で休む必要があることへの理解と協力をすぐに得ることができました。 実際に、治療期間中は休職することなく、以下のように勤務を続けました。 • 抗がん剤治療(通院):2週間に1回の投与後、副作用の出る1週目はテレワーク、体調が戻る2週目は出社というサイクルで対応しました。 • 手術(入院):2週間の病気休暇を取得しました。 • 放射線治療(通院):毎日、出勤前に通院しました。 特に放射線治療では、医療機関の柔軟な対応に心から感謝しています。主治医から「放射線治療は毎日通う必要があるから、通いやすい病院でいいよ」と言われ、職場の通勤経路にある病院を紹介してもらいました。 最初の診察で「仕事に間に合うように治療を受けたい」と伝えたところ、快く調整していただけたのです。病院の開始時間は本来8時30分からでしたが、私が8時20分頃に到着すると、すぐに治療室へ案内してくれ、8時35分頃には病院を出ることができました。病院の最寄り駅から職場の最寄り駅までは地下鉄で5分ほどであり、9時15分の始業にも余裕で間に合いました。この柔軟な対応のおかげで、一度も仕事に穴を開けることなく、全25回の放射線治療を完走することができました。 病気だからと特別扱いをせず、仕事を休んで治療に専念していたら、かえって病気と向き合う時間が長すぎてつらくなっていたかもしれません。治療はつらいものだからこそ、日常を崩さないことが、気持ちを保つ上で重要だと感じています。 治療中も、やりたいことを諦めることはありませんでした。放射線治療の期間中、週末に大阪のコンサートへ行き、月曜の始発で福岡に戻ってそのまま放射線治療を受け、出勤したこともあります。周りからは驚かれますが、「がんになったから」といって人生の楽しみを諦める必要はない、と私は思っています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

私の経験から、今がんと向き合っている方にお伝えしたいことがあります。 「日常を諦めない」という選択を考えてください。 病気を知ることは大切ですが、意識がそればかりになるとつらくなることもあります。がんは「生活の一部」と捉え、仕事や趣味など、これまで通りの生活をできる限り崩さないことが、治療を乗り越えるモチベーションにつながると思います。 主体的に情報を得て、自分の治療方針を決めましょう。 医師に全てを委ねるのではなく、自分でも病気や治療について学び、「自分はどうしたいのか」という意思を持つことが大切です。その希望を医師にしっかり伝えることで、納得のいく治療につながります。 周囲にオープンに話し、サポートをお願いしましょう。 職場や家族に状況を話すことで、必要な配慮やサポートを得やすくなります。一人で抱え込まず、周りを頼ることも大切です。 柔軟な対応をしてくれる医療機関を探してみてください。 治療と生活を両立するためには、医療機関の協力が不可欠です。私の放射線治療のように、患者の事情に寄り添ってくれる病院もあります。通いやすさや、病院の方針なども含めて、自分に合った場所を探してみてください。 がんと診断されても、人生が終わるわけではありません。治療と上手く付き合いながら、自分らしい毎日を送ることができている、私の経験が少しでも後押しになれば嬉しいです。
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