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「余命10か月」からの生還-独りではなかった、多くの出会いに支えられた希少な膀胱がん闘病記

[公開日] 2025.08.29[最終更新日] 2025.12.24

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:中野陽介さん(本名) 年代:50代 性別:男性 家族構成:パートナーと同居。 前妻との息子・娘とは別居しているが、良好な関係を築いている 仕事:経営(余命宣告後は相談役として週2〜3回出社) がんの種類:膀胱がん(小細胞型) 診断時ステージ:ステージ4 居住地:千葉県 診断年:2019年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 ある日突然の血尿をきっかけに膀胱がんと診断された中野陽介さん。当初は比較的軽度と診断されましたが、その後「小細胞がん」という希少な組織型のがんであることが判明しました。ステージ4という病状の深刻化や余命宣告に直面しながらも治療に取り組み続けている中野さんに、どのような闘病生活を送られてきたか、詳しくお話しいただきました。

突然の血尿から始まった闘病

2019年9月、膀胱がんと診断されたきっかけは、いつも行っている居酒屋のトイレで血尿があったことです。痛みはなかったものの、出血がひどかったため、居酒屋の店主の勧めもあり病院に行くことにしました。 エコー検査の結果、大きな腫瘍が見つかり、「おそらくがんの可能性が高いので、大きな病院で診てもらった方がいい」と告げられました。 当時から同居しているパートナーの父親の紹介で、都内の総合病院ですぐに診てもらえることになり、膀胱鏡検査を受けました。モニターに映る膀胱には、風船のようなものが浮いていました。先生からは「膀胱上皮がんだと思われるので心配はいらない。内視鏡ですぐに切除できる」と説明を受けました。ただ、その腫瘍に緑色のコケのようなものが付着していて、先生も「これは見たことがない」といっていたのが気になりました。 手術は1週間後に決まり、レーザーで焼き切る手術を受けました。先生からは「筋層には転移していないから大丈夫」と言われ、この時点では深刻に考えていませんでした。

「小細胞がん」という告知と容赦ない病状の進行

しかし、状況は一変します。2週間ほどして病理検査の結果が出たため、再び先生のもとを訪ねました。先生の顔は深刻で、「病理検査の結果、中野さんのがんの組織型は小細胞がんです」と告げられました。膀胱がんの中でもまれなケースで、この病院では私が初めてだというのです。 先生は「肺がブドウ畑で膀胱がイチゴ畑だとすると、通常はイチゴ畑にブドウは実らない。中野さんの場合はイチゴ畑にブドウができた稀なパターンで、しかもイチゴも少しある。だから2つのがんになっている」と説明されました。5%が膀胱上皮がん、残りの95%が小細胞がんであると説明されました。 病院でも前例がないため、あらゆる科でカンファレンスを行っていただき、今後の治療方針を決めることになりました。最終的に、抗がん剤治療を4クール行うことに決まりました。「小細胞がんは抗がん剤によく反応するから、1回目は非常によく効くはずだ」と先生はおっしゃり、この時点では抗がん剤で治療が終わるものと思っていました。 2回目の抗がん剤治療が終わった頃、事態はさらに深刻化しました。1回目の抗がん剤ではそれほど吐き気もなかったのですが、2回目はひどい吐き気に襲われました。3回目の抗がん剤治療を始めるための採血で、クレアチニンの数値が非常に高く、腎臓がパンク寸前であることが判明しました。 そして、入院中に先生から「中野さん、膀胱全摘手術になります」と告げられたのです。私が考えていたよりも、がんはどんどんと深刻な状態になっていく現実を突きつけられました。 当初は新膀胱手術(小腸で新しい膀胱を作る手術)の予定でしたが、手術の2日前、腎臓の数値が全くよくならないため、回腸導管手術に変更となり、ストーマ(尿管を直接お腹の外に出して、便や尿の新しい排泄経路を作る)を造設することになりました。もちろんショックでしたが、それ以外に助かる道がないとわかり、受け入れるしかありませんでした。 膀胱全摘手術まで5日しかなく、まだ男性としての機能も失いたくなかった私は、先生に少しでも伸ばしてもらえないかと懇願しました。限界は10日と言われ、その10日間、パートナーとディズニーランドに行きました。スプラッシュマウンテンに5回乗ったのをよく覚えています。

再発、余命宣告、そして免疫チェックポイント阻害薬による治療

膀胱全摘手術は無事に成功しました。しかし、退院前に今後の治療方針の説明を受け、またしても厳しい現実が突きつけられました。今後、月に一度の採血と3か月に一度のCT検査が続くとのこと。そして、「小細胞がんはほぼ100%に近い確率で再発・転移をするので、中野さんの場合は“根治”という言葉は使えません」と言われたのです。膀胱を全摘しても再発や転移をする可能性があることに、再び深い絶望を感じました。 そして2021年9月、定期検査のCTで右肺に4mmほどの腫瘍らしきものが見つかりました。当時の先生は「おそらく転移だと思うが、まだ確定ではない。もしかしたら別の新しいがんかもしれないので、一度手術をしなければならない」と。そして、「ここからは泌尿器科のジャンルではなくなるので、私の担当はここまでです」と告げられ、呼吸器科の先生に担当が変わりました。 すぐに肺の腫瘍を切除することになり手術は無事に終わったのですが、病理検査に出す前に、手術室を出たところで「おそらく転移だと思う」と告げられました。4mmだった腫瘍は、すでに12mmを超えていたのです。ものすごい速度で大きくなっていました。 手術から2週間後、膀胱がんの転移であることが確定しました。そして、いよいよ余命宣告を受けます。「あと何年生きられますか?」と尋ねると、先生は「早ければ、だいたい10か月くらいです」と答えました。覚悟はしていましたが、まさかそこまで早いとは。今思い出しても涙が出ます。 その時、パートナーも一緒に話を聞いていて、その日のうちに長年勤めた会社を辞める決断をしてくれました。余命10か月の私に付き合って仕事まで辞めてくれることに申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、少しでも長く一緒にいられる時間を作ってくれる思いを受け入れることにしました。 先生からは、2つの治療選択肢があることを説明されました。1つは、小細胞がんに対する抗がん剤治療を4クール行うこと。もう1つは、再発・転移後の小細胞がんは抗がん剤治療を行っても十分な効果を得られない可能性が高いため、全く治療をせずに健康な状態で少しでも長く生きるという選択肢でした。私は抗がん剤治療を選びました。 すると、その後の治療として免疫チェックポイント阻害薬が使える可能性があると説明がありました。当時は免疫チェックポイント阻害薬についてよくわかっていませんでしたが、先生から「5人に1人、20%の確率でしか効き目がなく、効くか効かないか0か100の薬だ」と言われました。しかし、私にはもう他に選択肢がありませんでした。パートナーが仕事まで辞めて、私の最期まで付き合ってくれると言ってくれているのです。それならば、少しでも長く生きられる可能性のある治療にチャレンジしようと心に決めました。 ちょうどその頃、私の取引先の会長さんが、私の病気のことを心配して、色々な講演に行ったり、YouTubeやネットでがんについて調べたりしてくれていました。その会長さんから「千葉大学のがんフォーラムに行ったら、免疫チェックポイント阻害薬でずっと生きていて元気な清水さんという人の話を聞いたよ」と教えてもらったのです。その方は、骨転移、脳転移までしてもうダメだと言われたところから、今も元気に仕事をしているという話でした。 すぐに清水さんのことを調べると、がんに罹患したときの仕事や収入の苦労から、社会保険労務士の資格を取り、がん患者さんを支援する活動をしていると知りました。その話を聞いて、私も免疫チェックポイント阻害薬による治療を受ける決断をしました。 4クールの抗がん剤治療を終え、2022年3月から免疫チェックポイント阻害薬の投与が始まりました。1回目の投与から3日ほどで赤いポツポツが出始めました。痒みはなかったものの、首から下へと広がっていきました。3週間後の採血でその発疹について話すと、先生は「中野さん、それいい兆候かもしれないね。副作用が出るのは効いている可能性が高いから、期待しましょう」と言ってくれたんです。 そして、3回目と4回目の治療の間にCT検査を受けると、がんはかなり縮小していました。先生からは「3割以下になっているから、しっかり薬が効いているね」と言われ、本当に嬉しかったです。その後も3回に1度ほどのペースでCTを撮り続け、いつしかがんの影も形も見当たらなくなりました。 治療を続けて約2年が経ったとき、先生から「4割くらいの人は、免疫チェックポイント阻害薬をやめる人もいますがどうしますか」と言われましたが、小細胞がんは非常に進行が速いため、何かあってからでは手遅れになる可能性が高いということで、治療を続けることにしました。2024年3月には35回目、そして今、50回目の投与が無事終了し、おかげさまで今も元気に生きています。

感謝とこれから

私がなぜこんなに薬が効いているのか、と先生ともよく話しています。先生は「お酒は飲んでもいいけどほどほどに」なんておっしゃります(もちろん、タバコはやめました)。がん発覚当初や抗がん剤治療をしていたときは、洋服がMサイズになるまで痩せてしまいました。それが嫌だったので、ずっとトレーニングを続けています。今は週に2回パーソナルトレーナーをつけて、胸や背中、太ももなどを鍛えています。洋服のサイズもXLまで大きくなりました。ストーマをつけているので下半身や腹筋はいじめられませんが、筋トレが効いている理由のひとつだと感じています。 今回の闘病を通して、多くの人に支えられました。特に、最後の主治医である臨床腫瘍科の先生には心から感謝しています。免疫チェックポイント阻害薬の副作用で口内炎がひどくなったときも、すぐに口腔外科の先生を紹介してくれました。皮膚科の先生とは相性が合わず、愚痴をこぼしたこともありましたが、口腔外科の先生は主治医と密に情報共有をしてくださり、適切な対処法を教えてくださいました。 そして何より、私のパートナーの存在は大きかったです。余命宣告を受けた私のため、長年勤めた会社を辞める決断をしてくれました。私が死んだ後も生活は続くわけですから、キャリアを捨ててまで私に寄り添ってくれたことは、今思い出しても涙が出ます。 ステージ4という厳しい状況の中で、段階を踏む時間があったことは、周りの協力が得られた大きな理由だったかもしれません。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

最後に、これからがんと向き合う方々へ、私から伝えたいことがあります。 一人で抱え込まず、周りを頼ってください。 家族、友人、医療従事者、そして同じ病と闘う仲間など、支えてくれる人は必ずいます。 情報を集め、治療の選択肢について積極的に質問してください。 自分が納得できる治療法を見つけることが大切です。 希望を捨てないでください。 厳しい現実を突きつけられることもありますが、新しい治療法や、同じ病を乗り越えて元気に生きている人たちの存在を知ることで、希望が見えてくることもあります。 自分自身の心と体を大切にしてください。 治療のつらさだけでなく、精神的な負担も大きいです。息抜きや気分転換の方法を見つけ、体力の許す範囲で心身をケアしましょう。 感謝の気持ちを忘れないでください。 支えてくれる人たちへの感謝の気持ちは、きっとあなた自身の力になります。
体験談 膀胱がん

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