認定NPO法人 希望の会(スキルス胃がん患者・家族会)の理事長、轟(とどろき)浩美さんは、今期のがん対策推進協議会の委員も務めています。患者会を立ち上げたご主人が亡くなったあとも、悩みながら活動を続けてきたその軌跡と、これからの活動の展望を伺いました。
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新たなステージへのチャレンジ
川上:新体制となった希望の会や、アドボカシー活動に踏み出したことに対して、会の内部、会の外部からの反応はどのようなものでしたか?
轟:2006年にがん対策基本法が成立したときには、山本孝史議員が、ご自身のがんを国会で告白し、命をかけて活動され、成立を見届けてお亡くなりになりました。ロビイング活動をしているときに、そういう人がいるときに物事が変わる、つまり命と引き換えに、物事が動くのだ、ということを聞いたこともあります。
同様に2016年、がん対策基本法改正案の検討や患者申し出療養制度のことが検討されるなかで、夫の状態が悪化していく状況となり、ある意味注目を浴び、私たちへの取材も多く、記者会見などで私が発言する機会も多く与えられました。それで多くの人に知られることとなったこともあり、もともと地道にアドボカシー活動に取り組んでこられた方々を飛び越えて、私に(取材や役割などの)声がかかることも増えてくると、今度は、それに違和感を感じる人たちが出てきました。
2016年までは、会の中でも、外でも、いろいろな人が私を支えてくれている、と感じていましたが、夫が亡くなり、2017年に会を大きく変革し新体制でリスタート、アドボカシー活動に力を入れるようになってからは、「あなたは患者ではないから(遺族)、患者の気持ちはわからない」とか「ロビイングをして、権力のある人と繋がりたいんでしょう」といった言葉も届いてきて、とても孤独で、辛い時期もありました。
川上:がん対策推進協議会の委員のお話が来たのはいつ頃だったのですか?
轟:去年(2017年)の9月でした。その頃、私は今お話したように、まさにとても孤独で辛い、どん底の時期を過ごしていました。夫ががんを告知されて余命を告げられた時と同じ状況で、社会から孤立したように感じていました。そんなときに厚労省から電話がかかってきたのです。それまでの委員は皆、素晴らしい方ばかりで、私に務まるのか、委員を引き受けるべきか、本当に悩みました。私に何ができるのだろうか、と。
でも、私に連絡をいただいたからには、家族の立場、遺族の立場、といった何かを期待しているのかもしれない。正直な気持ちとしては、断りたかったです。また人前に出ていって、何かを言われるのが怖かった。
一方で、断ることのほうが保身、利己的なことではないか、とも悩みました。私は患者家族であり、遺族であり、看取りもして終末期もみてきているし、検診でみつからない難治がんの限界も経験して、会を通してAYA世代の患者の悩みも見てきている。いろいろなことを見て、経験してきている。それを届けていこう、できないことは他の方にお任せして、自分にできることに等身大で臨もう。それで飛んでくる矢があっても甘んじて受けよう、と覚悟を決めたのが、去年の暮れのことです。
川上:辛い時期があったのですね。そんな時に、がん対策推進協議会の委員のお話が来て、色々と悩んだ末に引き受けることで、そこから、また立ち上がり、新たなステージに舵を切ったのですね。
轟:正式に委員を引き受け、とにかく、がん対策推進基本計画を読み込みました。「がん患者を含めた国民全体ががんを知り」という言葉が最初に出てくるのですが、とても重要なことだと思いました。
私自身が、患者家族になったときに、突然起こった出来事にうろたえ、民間療法に傾倒してしまった経験があります。がんになってから、がんのことを知るのは遅い。2人に1人が、がんになる時代と言われているのに、きちんと学ぶ機会がなく、不確かな情報の方が人々に届きやすいのではないか、と感じていました。
委員になったことですし、国のがん対策として明記されている「国民ががんを知る」ことに、自分に何ができるか考えました。協議会委員という立場になったからこそ、聞いてもらえる意見もあると思いましたので、一般の方々に向けたがん啓発プロジェクト「グリーンルーペプロジェクト(※)」を立ち上げ、2018年9月1日の土曜日に、越谷レイクタウンという大規模ショッピングモールで啓発イベントを行いました。
※グリーンルーペプロジェクトとは:グリーンルーペプロジェクトは、がん体験者や家族が「がんになる前に知っておきたかった!」を発信するプロジェクト。趣旨に賛同する3団体(認定NPO法人希望の会、NPO法人 肺がん患者の会 ワンステップ、一般社団法人キャンサーペアレンツ)の共催で、ショッピングモール内で第1弾イベントを開催。イベントの詳細報告書はコチラからダウンロードできます(28MB)。
http://www.m2cc.co.jp/gl/0901/GLhoukoku.pdf
川上:新たなチャレンジも進めていくなかで、轟さんがいま、一番ご苦労されていることは何ですか?
轟:やはり活動資金の調達です。希望の会は、夫の意思で、会費を取らない方針でしたから、寄付を集めるしかありません。2017年の3月に認定NPO法人を取得しましたが、だからといって、寄付が集まるわけではありませんので、まずは自分たちの活動を見てもらおう、実績をつくって評価してもらうしかない、と邁進しているところです。
とくに役員は患者・家族・遺族なので、自腹を切らせたくないですし、思い切って活動できるための基盤は作りたいと思っています。活動のための資金を集める、ということが一番苦労しているところです。
川上:多くの患者会が、同じ課題で苦労されていますよね。資金調達について、何か努力されていることはありますか?
轟:まずは「発信する」ということです。資金もそうですが、会の活動のうえで重要な柱は治療の情報を届けることです。日本胃癌学会や、国立がん研究センターなどに出向き、会の活動の説明をして、セミナーやイベントなど、情報発信の活動に後援をいただいたりするところから、実績を積み重ねています。
こうした活動を評価していただければ、支援も得やすくなるのでは、と考えています。がん対策推進協議会の委員の任期があと1年なので、自分の中でそれをひとつの区切りと考え、いろいろなことを進めていきたいと思っています。
希望の会のこれから
川上:これからの希望の会の活動の展望についても教えてください。
轟:さきほどお話したように、一般の方々に向け、がんを知ってもらう啓発活動を「グリーンルーペプロジェクト」として今後も取り組んでいきたいと思っています。また、今回プロジェクトに賛同してくれたワンステップ代表の長谷川さん、キャンサーペアレンツ代表の西口さんは、患者です。夫と似ているところがあって、「意見の違う人たちに対して理解してもらうために使うエネルギーや時間はない」、「やりたいこと、やるべきことに時間を使うべきだ」との意見をもっておられ、一緒に活動するのはとても安心できるし、勇気に繋がっています。
また、患者・家族に向けては「胃がん」に特化して情報発信していきます。日本胃癌学会とも協力して進めていけるよう準備しています。胃がんには、切れば治ってしまう初期のものもあり、スキルス胃がんとは性質が違うものもありますが、進行胃がんの場合は、手術では治らないので、スキルス胃がんと共有できる情報もあります。だからスキルス胃がんだけに特化せずに、手術できる胃がんから、切除不能な胃がんまでを扱って、情報を届けていきたいと思っています。
夫は「スキルス胃がん」にこだわっていたこともあり、胃がん全般の情報発信に取り組む方針は、夫の初志を変えることになるため悩みましたが、私は、全てを発信し、知ることによって、スキルス胃がんに関しても進むのではないか、と考えました。2019年の私の大きな目標は、胃がん全体のことを、学会とタイアップして情報発信していくことです。
川上:ありがとうございました。まだまだチャレンジは続きますね。希望の会・轟さんのこれからの活動に期待していますし、オンコロも少しでもお力になれたら、と思います!
最後にオンコロに、メッセージをお願いいたします。
轟:夫は、治療の可能性を求めて、臨床試験の情報を探していました。当時も、臨床試験に関する情報を発信する公的なWebサイトはいくつかありましたが、掲載されている情報も探し方もとても難しく、募集が終了しているものも掲載されていたり、がん種ごとにもまとまっておらず、情報の取捨選択に苦労しました。
そんなときに夫は『オンコロ』を知りました。2016年の3月に、自分がどうやって治療法の情報を集めたか、という講演をした際に、『オンコロ』のことを「このサイトはすごくわかりやすい。患者は与えられるだけではなく、臨床試験のことを含め、自ら情報を取りに行った方がいい。」と強く勧めていました。夫は第一相の治験に参加したのですが、私がこの頃の経験をお話させていただく機会も多くあり、私の情報発信の柱の1つは、治験・臨床試験の情報を届けることでもあると思っています。オンコロさんとはご縁を感じています。これからぜひ、情報発信も一緒によろしくお願いします。
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オンコロ主催セミナー
11月22日(木)にがん研有明病院 消化器化学療法科 部長 山口 研成先生をお招きして胃がんセミナーを開催します。また12月26日(水)に「患者・遺族の声を聴く」というテーマで、轟さんも登壇されるセミナーを開催します。詳細はこちら。
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●プロフィール:
轟 浩美さん
スキルス胃がん患者・家族会 認定NPO法人希望の会 理事長
厚生労働省がん対策推進協議会委員・国立がん研究センター患者家族の声を聴く会委員
国立がん研究センター市民パネル委員・日本医
科大学倫理委員会委員・日本医科大学中央倫理委員会委員
認定NPO法人 希望の会 スキルス胃がん患者・家族会
スキルス胃がんステージ4の患者であった浩美さんの夫、轟 哲也氏が2015年に立ち上げた患者会。情報に乏しく、治療の確立されていないスキルス胃がんのための情報収集、発信、患者家族遺族支援、難治性がん対策のためのアドボカシー活動を行っている。2017年4月、認定NPO法人取得。
川上 祥子
1992年早稲田大学第一文学部卒業。国際線客室乗務員として4年間の勤務後、歯科医院立ち上げを経験し医療に関心を持つ。その後、東京医科歯科大学医学部保健衛生学科看護学専攻入学、卒業。看護学生時代にがん体験者の講演を聴き、社会でがんと向き合う人々への支援の必要性を実感して以来、キャンサーネットジャパンに関わり、臨床を経て2007年1月、キャンサーネットジャパン専任理事となり、2015年4月ー2017年3月まで事務局長を務める。2017年10月より、メディカル・モバイル・コミュニケーションズ合同会社 共同代表。臨床は東京大学附属病院放射線科病棟、都内クリニック乳腺化学療法外来等を経験。近畿大学医学部非常勤講師、頭頸部癌診療ガイドライン外部評価委員、大腸癌研究会倫理委員会・利益相反委員会委員。