
オンコロLINEの友だちを対象に、がん患者さんやご家族の方などのご意見・お考えを共有したり、がんについて学べる1問クエスチョンのオンコロ・ワンクエスチョン! その結果と解説をがん情報サイト「オンコロ」にて公開しています!
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オンコロ・ワンクエスチョンの一覧
質問
「がん治療とお仕事の両立方法を教えてください」
結果・解説

今回のオンコロ・ワンクエスチョンでは、がん治療とお仕事をテーマに、皆さんのお声をお伺いしました。就労されている中、がんと診断された時頭をよぎるのは「仕事はどうなるのだろう」という不安ではないでしょうか。仕事は生活を支える糧であると同時に、社会とのつながりや自分らしさを実感できる大切な場所でもあります。
しかし、治療の状況や大切にしたい価値観は、一人ひとり異なります。「正解」は一つではありません。 だからこそ、迷い、立ち止まってしまうのは当然のことです。
今回は、多くの方からお寄せいただいた「仕事と治療の両立」に関するリアルな経験談をご紹介します。これらのお声が、悩まれている方々にとってのヒントになれば幸いです。
数字で見る「治療と仕事」の両立
オンコロ・ワンクエスチョンにご参加いただいた方の約6割が、がん治療中もお仕事を継続されていることが分かりました。現在、がん患者さんの3人に1人は「働く世代(15〜64歳)」で診断を受けていると言われています。「仕事を続けられるのか」「周囲に迷惑をかけないか」——。診断直後、そんな不安に押しつぶされそうになる方も少なくありません。
しかし、何より大切にしていただきたいのは、「ご自身がどうしたいか」という意思と、その時々の体調です。仕事を続けることも、一度しっかり休むことも、あるいは新しい働き方を模索することも、すべてがご自身の人生のための前向きな選択です。現在は、職場での調整や公的な支援制度も少しずつ整い始めています。
下記では、がん患者さん・ご家族の皆さんのお声をご紹介します。リアルな経験談が、今悩んでいる方のヒントになれば幸いです。
がん患者さん・ご家族の方のお声:工夫・意識・気を付けたこと
※回答者のお声を原文のまま(一部読みやすさを考慮し調整して)掲載しています。実際の治療や通院については、個々の状況によって異なります。必ず主治医や医療スタッフにご相談ください。もし相談しにくい場合は、病院の薬剤師やがん相談支援センターへの相談もご検討ください。
■ 職場への相談・周囲との関わりについて
・当時の会社の制度では、フレックス且つ在宅勤務は可能であるもののどちらも一定の制限があり、「仕事は可能であるが抗がん剤治療の副作用等で出社ではなく在宅勤務をしたくてもできない」場合や「放射線治療で毎日通院するにあたりどれだけ予約時間の調整をしてもフレックス制度のコアタイムを避けられず欠勤扱いになること」などの問題が生じ、直属の上司の理解が得られなかったこともあり非常に苦しみました。しかし、さらに上の上司に相談したことをきっかけに社内制度を整備いただくことができ、上記のいずれの場合も欠勤扱いになることなく治療にも仕事にも安心して向き合うことができました。
・仕事を継続する意思がある場合は、何より病気発覚後なるべく早期に職場に相談し、両者がどこまで受け入れられるかを確認することが大事だと感じました。また、直属の上司だけで解決しない場合は相談範囲を広げるなど、辞めたり休職したりする前にどんな選択肢があるのかについて十分検討することをおすすめします。
・告知直後、発した言葉が仕事できなくなるのですか?だったと思います。看護師の方にも仕事は辞めないでと言われました。上司に報告し、休みを取る間と前の引き継ぎのスケジュールを考えフォローしてもらいました。シングルマザーなので収入がなくなるわけにはいかないので本当に先が不安でした。病院の支援センターの方が間に入ってくれて会社に来て直接上司、社長に会い病気、治療のことを話してくれました。今後、再発があった場合休むことも必要というような内容の診断書(?)も提出してあります。精神的にも余裕がない状況だったので専門の方にサポートしていただき、心強かったです。今も、仕事を続けることができています。
・がん診断後、重複がんとなり、半年間に手術と治療となりました。信頼する上司に相談し、治療日程に合わせ、有給、夏休みをとりました。仕事は続ける、それが、今も心の支えになったように思います。誰に伝え、誰にサポートしてもらいたいか。こんな時だからこそ、一番に考えました。
・仕事がデパート販売なので上司、周りの他メーカーの販売員も抗がん剤治療のことは話した。
突然出勤できなくなったり、気分が悪くなっていたりしたら困るので、緊急時の対応の仕方も伝えていました。
・上司と産業医に相談して、仕事の量を減らしてもらい、時間外は禁止となった。また抗がん剤投与後は基本、テレワークを中心にしている。
・上司には治療計画、副作用など具体的に伝えた。また仕事を続けたい意思とできることも具体的に伝え調整していただいた。
・上司に相談し(病名は明かさず)、勤務時間、通院時の休み等調整してもらった。
精神的に不安定になったため、週末は実家で過ごし家事から解放。ストレス軽減できたと思う。
・職場に公表して、協力してもらいました。抗がん剤のスケジュールを勤務に影響がないように組んでもらいました。通勤は以前より少し早めに家を出るようにし、食事はお粥などを持っていっていました。在宅ワークなども組み合わせました。
大変でしたが、通勤することで体力を落とさずにいられたことと、仕事をしていることで、気持ちが仕事に集中するので、精神的には安定していたと思います。
・職場に自分の病気のこと、治療によって起こりうる体調の変化をできる限り詳しく伝えた。基本的に勤務時間を減らすことなく働いていたが、抗がん剤治療で副作用が強く出る薬を投与する時だけ、有休を使うなど会社に相談しながら仕事を継続した。
・親しい人には伝えたが、仕事を辞めさせられたら困るので、上司には詳しくは話さなかった。理解されようとは思わないという気持ちからも、伝えるのが難しかった。
・通院が増えるので「あの人良く休むな~」とかで反感を買わない様に、部署のメンバーには公表しました。
・通院が多々あり欠勤する日もあったので、信頼している上司1人と同僚1人には病名も含めて伝えました。部署のメンバーには病名は知られたくなかったので女性疾患と伝え病を患っていることは伝えました。なので有給を使い通院することや在宅勤務で仕事をすることができました。
・上司に相談した。手術くらいだったので術後1ヶ月の休み、復帰後も1ヶ月程度日勤のみの業務調整してもらいました。
・上司に逐一報告して相談した。会社の制度をフル活用した。
・上司に相談して、通院に融通をきかせてもらった。
・上司に報告し同僚の理解を得て、勤務時間を制限できる制度を利用した。
・治療中も仕事を続けましたが職場には本当に助けられました。詳細は上司のみに話し、私の治療、体調を最優先して下さいと言ってくれました。おかげで手術のための入院や化学療法で倦怠感があるときも心配することなく休めました。また、好中球が低下するときは在宅勤務を組んでくれるなど配慮して下さりました。
髪が抜けたときはニット帽を許可してもらい、おかげで2回の手術と1年半の化学療法をしながらブランクなく仕事を継続できました。治療以外で心配かけないよう、感染に気をつけたり、歩いて体力つけたり、しっかり食事していました。
・職場の皆さんに病気を伝え、協力をお願いしましたが、仕事を休まなければいけない治療期間は、短く、あまり影響がありませんでした。ただ、私自身60歳を迎えたこともあり、仕事場の状況もちょうど良かったので、日数を減らしてもらいました。
・職場では頼れる人がおらず、できるだけ現状維持を心がけた。抗がん剤治療は通院だったので、早めに予定を告げ休みをいただいた。
・職場の皆さんの、ご理解のおかげでお休みさせていただきながら続けることができました。ただそれまでより仕事量はセーブすることになりました。
・職場の方の理解をしていただいています。
・職場の理解と協力で無事に続けることができた。有給をフルに使い、通院を続けた。
・気持ちが落ち込みそうだったのと、仕事が繁忙期だったので、やってみなくてはわからないけれど、できる範囲で出勤したいと伝えました。
上司はとても理解してくれましたが、会社の総務が、飛び飛びでも出勤できるぐらいなのなら、化学療法の日や、その後の体調の悪い日などで出勤できない日の傷病手当を申請するのを認めないなど直接私に言ってきたので、上司に間に入ってもらい、また、主治医にも診断書を細かく書いていただき、なんとかうまく乗り越えられました。
治療中の両立は、とてもとてもつらかったですが、仕事にいくことで、気晴らしや運動にもなり、また少しずつでも、自分の仕事を進めることができたので、完全復帰の日から、通常の仕事ができ、よかったと思っています。
ただ、グループ会社では、治療と両立して‥など新聞記事になるような方がいるのに、この違い愕然としました。
・周囲に治療のことを話し、しんどい時には無理をしないようにした。
・当直勤務を免除してもらいました。
・同僚、会社へ、突然の休みがあることを伝えました。 業務の先取りなどをして、大多数の人から理解を得られました。
・会社、同僚の理解協力があったから。
・上司に正直に病名、体調を告げて、理解が得られたので、続けられました。手術、抗がん剤治療の後は長い休みをいただきました。
私の場合、舌の痛みが続いているので、アズレンのスプレーで口の中をごまかしながら頑張っています。力仕事は他の人に助けてもらいました。
・パートで社会保険加入最低時間で調整して勤務。同僚にも公表しているので体調を気遣ってくれます、
・手術の後遺症で年に数回入院が必要になったため、がんを罹患したことを隠さず周囲に話すようにした。
・上司と直接関係のある職員には治療内容を伝えました。
歩くのもキツい日が続きましたが、職場までの送り迎えをしてもらい、ほとんど休まずに働きました。
・上司に相談、同僚にも公表して仕事の量を抑えてもらった。
・上司に相談し、配慮を求めた。幸いなことに体調が悪くなることもなく仕事を続けられている。体調が悪くなっても配慮してもらえる安心感がある。
・上司に相談し、理解してもらった。
また、無理をしないように体調を第一に行動した。
翌年は再雇用満了で退職し、様子を見て半年後から同じ職種で短時間のバイトをしている。
・病気が分かった時点で、上司に現状を話し、治療や通院で仕事に支障が出るかも知れない事等を早めに報告した。
治療過程で、上司からも声をかけていただき、特に支障なく仕事を続けている。こちらからきちんと病状を話し、仕事上迷惑をかけるかも知れない点等を早めに理解していただくことが大事だと思う。
・保育士をしております 園長に相談して勤務時間を減らしてもらいました。
・診断を受けた時は上司に伝え、手術時の入院や復帰までの休暇取得等について相談し、安心して入院することができた。また復帰後も早目に帰らせてもらうなど気遣ってもらえてとても有難かった。
しかし10カ月後に再発したため、忙しい職場に迷惑がかかると思い(1人減で他の人の業務量が増えるため)引き留めてもらったが退職した。
・単身赴任中に診断を受けた。ひとり暮らしでの、治療と仕事の両立が可能かを、主治医と、古くからの友人の医師のふたりに相談し、可能との言葉を信じて、単身赴任を続けることにした。
一緒に仕事をしている他社からの出向者に、一番に相談し、通院時間の確保と、出張の担当を相互交代調整をお願いした。
放射線治療中は、仕事の中断して通院して、終わったら仕事に戻るという就業を認めてもらった。など。
・直腸がんでしたが、職場の上司や人事部へ伝えて相談、在宅勤務を増やしてもらいました。休職はせず、不足した休暇は欠勤を使用したので、収入減も最小限で済みました。一時的人工肛門になったので、その術後は出社できるか不安でしたが、幸い3ヶ月後くらいで落ち着いたので、週一から出社、様子を見て出社日数を増やして、今は術後一年ですが、週三日出社しています。
病気や手術については、プライバシーなので、全て明かすのは抵抗ある方も多いと思いますが、ある程度は話して相談しなければ、会社側もそういった特別な措置はできないと思います。責任感から他の人に迷惑かけると心配されるとおもいますが、きっと体調整えるまで協力してくれます。
仕事を辞めれば、治療に専念できますが、収入源がなくなると精神的に不安になります。復調して新たに就職先を探す、新しい仕事、となるとかなりのエネルギーを要し、ストレスにもなります。勤めているならば、会社は辞めないほうがいいと思います。
・病名を上司や同僚に伝え、体が戻り次第復帰しますと話をしました。病名を公表したことにより、表立って何かを言う人はいませんでしたが、陰では色々言われていたようです。パートですが、私の担当している仕事は私1人しかいなくて、接客のため時短する訳にもいかず、立ちっぱなしで7時間30分の勤務でしたので、4ヶ月弱お休みをいただきました。傷病手当金と、入っていた保険の給付金でなんとか生活できました。ただ、仕事が溜まっており、復帰後は負担が多かったです。
今回も 違う原発がんの診断を受けたので、今回は同僚には詳細を言わなくても勝手に想像してくれると思い、詳細は上司のみに相談しました。そして、お休みをしっかりいただくことにしました。
前回の手術から1年しか経っておらず、人手不足というのもあり、かえって長めのお休みもいただけるのかもと思っております…。
・部署替えをしたが結局自分のできることがなく、元の部署に戻り短時間勤務でも体力が持たず欠勤続きの復帰3ヶ月でした。
調子の良い時に頑張り過ぎず、週2日の短時間勤務で暫く働いてみるつもりです。
外見は元気に見えるので、自分で調整しなければと強く思いました。
・入院通院等で会社を休む事に会社、他の人への気兼ねはあったが、出勤した日は、少しでも仕事を多く処理するように時間を作るようにし、精神的には開き直るようにして、辞めなくてはいけなくなったら、その時に考えようと、気持ちを落ち着かせました。まず治療することを優先しました。
■ 通院・副作用・体調コントロールの工夫
・仕事への影響が最小限になるよう、病院選びの段階で通院時間が可能な限り短い場所になるよう選択した。
・抗がん剤治療を行う日は、通院中の病院で利用できた「早朝枠」を使用することにより、可能な限り治療後早めに出社できるようにした(ただし、抗がん剤治療前の診察までに当日の採血結果が出ている必要があったため、病院到着は7時30分前とする必要があり、体調が優れない中でこれを継続するにはかなりの体力が必要でした)
・少しでも体調が良い状態で仕事を継続するために、抗がん剤治療後の体調のサイクルを記録し把握することで、体が辛いであろう時期の出張等を避けるなどの調整を行いました。また、抗がん剤治療の副作用が出た場合の治療薬についても、効果が感じられない場合は変更をお願いするなど、自分でも積極的に治療に参加しました。
・手術の際の入院期間を予め主治医に確認しておき、どの曜日の入院/手術がより都合が良いかなどを早めに検討したり、職場に早期に伝達し可能な限りお休み中に影響が出ないように調整しました。
・最初は5時間のパートだったが、フルタイムになった時は、疲れやすいので、家で身体を休ませる時間を増やして、仕事を継続できるよう努めた。8時間勤務をするのに、11時間くらい横になるようにした。
・抗がん剤投与後、3日間くらい休んでその後次の投与までは勤務する、を繰り返してました。周りの全てのスタッフに伝えてあったため、理解してもらえ何も問題ありませんでした。
・手術後化学療法の終了後約1ヶ月で復帰、体力が落ちていたので、動き回るような業務はしばらく控えさせてもらいましたが、徐々に通常業務に戻りました。
4年後再発し、放射線化学療法→化学療法後、3週間毎の通院での併用療法開始し2回目の後から復帰。
大きな副作用はないですが治療後はやはりしんどいので、治療日を金曜日にしてもらい、土日休み翌週月~水半日の勤務で継続中です。
・放射線を当てるため通院する時に、始業時間前に通院するようにし、なるべく遅刻早退をしないようにした。
・病院が遠いので有給を使って通院しています。もし、有給がなくなったら、お休みをいただいて通院します。復帰する時に、通院は優遇させてくださいとお願いしました。
・不定休だったので、病院へ行く日を休みにしてた。
・病気休暇を取得したり、ローテーション勤務なので25回の放射線治療は早番にしてもらって、15時予約で仕事を終えてから病院へ直行してました。
・術前は自分で調整できる仕事だったので、有休を使いながら通院、術後は仕事量をセーブし管理業務のみでしばらく対応。病気は伝えてあったので、同僚からのサポートが受けられている。
・治療日や入院日などは病気休暇を利用して働き続けています。
・無理をしすぎてしまった為、周囲には以前の仕事量で大丈夫!と思われてしまった。
心身ともに疲れてしまい、上司に相談。勤務日数と時間を減らしてもらった。
迷惑かけたくないとの思いが裏目に、自分で無理して余計迷惑をかけてしまった。
現在は身体の負担も少なくなり、精神的にも楽になった。
周囲には話さないと伝わらない。自分の身体は自分で守らねばと、反省。
細く長く働けたらと無理せず働いていきたい。
・無理をせず、疲れた時は休むようにした。
・同僚からのサポートは受けた。
疲れやすくなったので、力抜けるところは意識的に抜くようにした。
・抗がん剤投与から1週間は勤務時間を短くしている。自分の担当の仕事を他の人に引き継いだ。
・分子標的薬の時は短時間に調整が必要だった。
そして抗がん剤に変わってからも短時間継続、そして抗がん剤投与後1週間は休んでいる。
がんが発覚して1年半経ったけど、退職予定。
■ 多様な働き方の選択(在宅・時短・職種変更など)
・フルタイムから週に4日の勤務としてもらった。また、週に1日の休みは、診察の曜日に合わせてもらった。
・会社に相談し、勤務時間を減らした。
・会社に相談し、治療中は在宅勤務にしてもらっている。勤務時間、残業時間などは他の社員と変わらない
・プロジェクト管理の仕事をしているので、休暇時の代行は頼めても、プロジェクトの進捗自体は把握する必要はあったので、入院・手術時は休暇にしたが、病室に会社のPCを持ち込んだ。術後の状態が想定以上に良かったので、メールのやり取りはせず進捗のみ見守ることができた。
通院日はフレックスワークにして病院に入り、がん支援センターで仕事をしている。診察は予約時刻のだいたい3時間遅れなので、予約時刻+2時間で待合室に行く。
今までは体調が良かったのでこれらのことが可能であったが、最近ホルモン剤の副作用(関節痛、疲労感等)がでてきて、いつまで仕事が続けられるか心配というより恐怖です。
・完全在宅勤務にしてもらった。
・勤務シフトの変更、時間外労働をしない、対面業務の制限
・体力を必要とする仕事のため負担の少ない仕事をさせてもらっている。
・勤務時間を減らしました。あと、重い物を持ったり、動き回るような仕事はムリかもしれないことを伝えてデスクワークに変えてもらいました。慣れるまで時間がかかりましたが変えてもらって良かったと思います。
・勤務時間を制限してもらったり、体に負担がかからないように業務内容を変更してもらった。
・元パート勤務だったので勤務時間を減らして無理のないようにした。
・抗がん剤中は仕事の時間を短縮した。
・在宅ワークの仕事を選んだ。
・在宅勤務によって勤務を継続しました。
・週3日勤務にした。
・がんと診断されて職場の上司に話をしたら「で、いつ死ぬの?」って言われました。今もその職場で仕事をしていますが、ことあるごとに思い出して悲しくなります。
職場の誰に、病状をどう伝えるかは患者さんと呼ばれるようになった時からの永遠の課題だと感じます。
副作用の日は思い切って休む、けどその分他の日は頑張って仕事を片付けるようにして乗り越えています。病気を抱えていることをまわりに話した方が仕事もやりやすくなる気がします。副作用が始まったら外回りの仕事はやめて事務所でデスクワークに切り替えています。
・出勤頻度を減らし質をあげ、質をあげた内容を周囲に伝えて新しい業務を貰うなど良い循環を、招き寄せている。
・上司にがんであることを告げて、手術後と放射線治療中は在宅勤務にして、業務を続けた。
・上司に相談し、ハウス内の、清掃にしました。
・上司に相談し、ポストを変えてもらった。
・上司に配慮いただきフル在宅勤務となった。
・診断前から在宅でできる仕事をしていました。スケジュールもある程度自分で決められるので、検査入院、手術や初回化学療法の入院のときはお休みをしました。
その後も、放射線治療や体調が良くないときなど、適宜お休みを取りながら仕事を続けています。
外見も脱毛や湿疹で変化がありましたが、そのときは在宅勤務で良かった、と思わずにはいられませんでした。
・役職を返上して業務を継続した。
■ 制度の活用(休職・復職・社内制度・公的支援)
・50代後半、部長職をしていました。
入院、治療中は、休職し、傷病手当を受けながら闘病しましたが、副作用のスパイラルに陥り、1年以上休職しましたが、なんとか復帰できました。
・まずは、会社に相談しました。
会社は、治療に専念できる環境を整えてくださいました。そのサポートと家族のおかげで頑張れました!
治療中は、4ヶ月ほど仕事を休みました。
治療後の復帰では、時短で1ヶ月ほど仕事しながら元の生活に戻れるように配慮してもらいました。今でも、通院があるのでまずは自分の身体を優先にという環境をいただいています。
・介護士として休職期間を過ぎたので一度退職し、再度同じ職場へ復職(結局は新規入職扱い)しました。初めは上司に術後の胸膜癒着で痛みがあること、入浴介助を続けると息苦しさがあることなど説明して仕事に戻りましたが、職場のハードワークに周りの労わりも初めのうちだけで我慢をしつつ仕事に戻りました。がんになったことが私にとって一番辛いことだったので仕事の辛さは比べものにならないと考え、家族や医療者に助けてもらった恩を今、自分にできることで返そうと必死でした。一年半は身体の辛さがありましたが、今は以前と変わらない仕事量をこなせています。身体は甘えも辛さも柔軟に受け止めてくれるんだな。と有り難く感じています。痛み止めも上手に使えるようになりました。
・介護福祉士です。がんと診断され、抗がん剤が始まって1ヶ月過ぎたころから、副作用が酷くなり1年間休職し、傷病手当をもらいながら治療しました。1年後復職し、もう1年になります。
・診断後休職、入院治療後半年後に復帰。
・上司のがん患者に対する理解があまりなく、残業をしたくなかったが、繁忙期にフル残業するシフトを組まれたりしていたので、産業保健総合センターや会社の本社人事部などに相談することで残業しなくてよくなった。会社ごと、国ごと巻き込まなければならないこともあると感じました。
・会社に相談し、抗がん剤治療中は長期休職にしてもらい、その後復職して現在も続けています。
・会社の制度をフルに利用した。
・会社の理解、支援体制が整っていた。
・会社の人事部に相談し、保健師と産業医も交えて仕事の調整をしてもらった。上司だけだと心許なかったが、制度の説明含めて会社からしっかりサポートしてもらえたので、心強かった。
・患者本人です。上司に相談しました。面倒みの良い方でした。主治医から言われたことを伝えました。乳がんで、入院して手術することになると話すと、休職するように言われました。就業規則を確認すると1カ月で復職できないと退職とありました。
そのことを話すと、医師の診断書などがあれば1カ月以上休職しても大丈夫だと教えてくれました。1カ月というのは、音信不通になったりする人が居たりする為、会社としては人事異動など対応しなければならないので、決まりを作っているだけだということでした。
実際、1カ月以上休職してしまい退職しなければならないのかと心配しました。結果として復職することができました。復職後は、通院しながら治療することになるので、仕事量を減らしてもらい、また、他の部署へ異動しました。現在は、元の部署に戻っています。健康であれば何でも無いことが、できない。それが一番辛いです。今更ながら健康のありがたみを痛感しています。
・産業医から主治医に診療情報の提供を依頼し、その情報により然るべき就業規制を人事側に通達してもらった。それにより職種の調整や残業を控えるとか出張を減らすなどの配慮は得られた。
・私の場合、がん治療、自宅療養のために10か月間、病欠を取り、最後の1か月は仕事慣らしのための時間短縮勤務を行った。その時間短縮慣らしの職場は、がんになった時の職場ではなく、仕事が割と緩やかな部署に病欠の間に移動させてもらった職場です。慣らし出社のあと1年は、経過観察等の通院を行いつつ復帰して仕事をしていたが、1年後にケモブレインもあり、これ以上仕事をする気力もなくなったことで退職した。その間は、会社の産業医ともこまめに相談をすることで職場復帰も精神的に楽にできたことは感謝している。
・フレックス+時間年休、半日年休を活用して通院しています。
・治療のため休職後、産業医と相談の上、時短勤務から復職した。
・治療期間中は休職させていただいた。
・治療中は休職して治療後復帰しました。
・夜勤のある会社で、職場の規定で一時期は日勤オンリー、残業しないなどの制限の中で働きました。
・手術不可能なステージⅣの胃がんですが、抗がん剤治療中、傷病手当金を受給しながら週3日ぐらいのペースで仕事を継続していました。
傷病手当金も昔は1年6ヶ月期限でしたが、今は通算1年6ヶ月ですので出勤分を繰り越せます。
今ちょうど発症してから1年6ヶ月ですが、まだ受給可能期間が1年分ほど残っています。
今はオプジーボ点滴のみで体調も良く、通常勤務に戻しています。
とは言え経理という仕事上、月末月初はついつい無理をしてしまって、体調を崩して返って迷惑をかけてしまうこともあり…調子が良いからと調子に乗らないことも学びました。
家に居るとついついネガティブな思考になりがちなので、仕事を続けて、皆と喋って笑いあえているからこそ今の私があると思っています。
・傷病手当を使って1年半休職し、その後勤務時間を減らし、勤務日数も減らして復職した。
・上司と相談し、退院後しばらく休みをもらいました。職場がクリニックの為、院長からもしっかり治療が終わってから復帰でも構わないと言われましたが、退院して1ヶ月後には仕事復帰し、始めは時短勤務にしてもらい今では通常勤務してます。
・上司と相談して、しばらく休職のち、短時間から復帰しました。職場の理解のおかげです。
・上司に相談し、1ヶ月休職。その間に入院して手術しました。
・上司に相談し、半年休職させてもらいました。復職後も正社員からパートにさせてもらえて楽になりました。有り難かったです。
・上司に相談し、有給を消化。職場全体でサポートしてもらった。
・上司に相談して病気休職をして、徐々に復職しました。
・上司を通して会社の人事に相談して、リモートワーク環境が整っていたこともあり、在宅勤務にしてもらいました。
抗がん剤治療が始まり入院や通院、体調が悪い日は傷病欠勤にしました。
傷病欠勤にしてもらうために主治医に診断書を出していただきました。
・人事の人(その中でも限られた人)だけに病名を伝え、できるだけ広まらないように配慮してもらった。また復帰しても元と同じ働き方はできないため、通院と仕事が両立できるように力仕事は外してもらうようにした。
・即上司に相談、引継ぎの為、2ヶ月頑張りました。
退職するつもりでしたが、会社の勧めで休職をしました。
・病気休業が取得できたため、手術→抗がん剤の間、診断書を書いてもらい、治療に集中。小学生の子育てもあったため、休みながら、家事育児をこなした。体力、精神面ではきつかったが、配偶者が稼いでいたため、安心して休めた。
・復職にあたり、会社の産業医に病状や薬の副作用による症状を詳細に伝え、特にどのようなことに困っているかを具体的に伝えた。産業医より上司に報告いただいた上で、業務配分等を調整し、配慮、軽減してもらった。
・時間有給使用し体調をみながら働いた。
・通院にも病気休暇を取得させてもらっている。
・入院前は有給休暇、退院後は在宅勤務で体力回復を待った。出勤するとあまり配慮されず大変だったので、体力が戻るまで在宅勤務の方がよいと感じた。
・入院中は必然的に勤務できませんので、上司に相談し、年休、療養休暇などで対応していただきました。退院後、勤務日を振り替えたりして休んだ分をできるだけ穴埋めしました。今後も治療は続くので、できるときには多めに働き、周囲の厚意に応えようと努めています。
・抗がん剤の1年間副作用がキツかったので休ませてもらって復職しました。その後は職種を変えてもらいました。家族には、食事に注意してもらいました。
・復職するまで休業手当を申請した。
一度復職したが、余命10年を宣告されていたので結局は1年で退職し、責任負担が減るであろうパートへ切り替えた。
・子宮体がんの手術後、1ヶ月お休みしてから、半月は時短勤務にしてもらいました。
・思っていたより休職が長引いてしまったので、状況を会社側へきちんと報告するようにしていた。
・上司に相談し、主治医が予定した日程通りに手術できるように調整してもらいました。術後は医師の診断書通りの休職をいただき復職しました。乳がんで左乳房切除術、術後ホルモン療法(内服)のみだったので特に問題はありませんでした。化学療法や放射線療法より調整は簡単だったかもしれません。
・上司に相談し人事部に検討していただきました。
入院中は休暇を取得していましたが、外来通院で治療が可能になってからは、体力がさらに落ちないように早めに勤務を再開しました。
■ 自営業・経営者・非正規・専門職のお声
・一人社長として会社経営を始めたばかりだったので(それ以前は個人事業主)、クライアントを繋ぎ止めるためにも、収入のためにも働き続けるしかなかった。進行がんで治療中で、いつまで働けるか不安。限界まで引っ張るべきなのか、早めに事業をたたむべきなのか…。
・がん罹患後の就労継続については個々の状況により異なりますが、身体的に可能な範囲で仕事を続けることは、心理的安定に大きく寄与すると考えています。
私はこれまでに三度のがんを経験しました。公的機関で非常勤の心理専門職として勤務していましたが、その職場においても、がん患者への理解は十分とは言えず、治療と仕事の両立には多くの困難が伴いました。抗がん剤治療中も出勤していましたが、それは強制ではなく、休むことで自分の居場所を失うのではないかという不安からでした。
一般的には、上司や職場に病状を開示し、理解と配慮を求めることが望ましいとされています。しかし実際には、その理解が得られない現場も少なくありません。専門職の現場でさえそうであったことは、私にとって大きな問いを残しました。
その後、がん治療後のフォローの段階で、私は自分の体調やペースに合わせて働ける環境の必要性を痛感し、相談室を開業しました。現在は治療中ではありませんが、フォローしながら継続しています。
心理学的には、仕事は単なる収入手段ではなく、自己効力感や役割意識、社会とのつながりを支える重要な基盤です。病気だけに生活の焦点が当たると、「患者である自分」に閉じ込められやすくなります。だからこそ、無理のない範囲で仕事を持ち続けることは、心理的回復力を保つ上でも意味があると考えます。
就労継続は容易ではありません。しかし、もし「続けたい」という気持ちがあるのであれば、その選択を支える環境や支援は、もっと社会の中にあってよいはずです。私はそのことを、経験を通して伝えていきたいと感じています。
・自営だし、ちょうど新型コロナが流行り始めた頃だったので、入院手術などは、どさくさに紛れて(?)休むことができた。
・自営で介護もしていたので、休む暇はなかった。体力があったおかげではないかと思っています。
時間の融通がきいたのも良かったのだろうと思います。
体調の悪くなるタイミングに合わせて休めるよう記録をしたのが役に立ちました。
・自営業者なので、得意先が理解していただければ、副作用等と相談しながら、なんとかなります。が、売り上げ激減は避けられない。
・自分で事業やってるので、調整しながらやってます。
・非常勤だったので、次に仕事をしたかったが、どのような治療になるか分からないし体力が持つかも分からなかったので、仕事ができなかった。
その時点で勤めている人は復帰の可能性があるが、仕事をしていない人の新たな就職支援をしてもらいたい。
■ 心理的な面・仕事への想い・支えになったこと
・いつも通りに生活したかった。負けたくなかった。
・20数年前だから、手術第1回目の抗がん剤治療は入院中、1ヶ月超の入院、退院後は1週間休んで通常業務復帰です。抗がん剤を打つ日のみ有給休暇を取りあとは残業ありの勤務でした。
気分転換に罹患前から予約していたミュージカル鑑賞でリフレッシュ、これが良かったですよ。
・仕事中だけは、自らががんサバイバーであることを忘れ、平常心で臨む。
・仕事してるほうが、イキイキしてると思います。
・35歳で乳がんを発症。医学部で研究助手をしていたこともあり、初発時は主治医からも仕事は辞める必要はないと言われ仕事を継続しました。9年目に再発転移。骨転移の痛みと頭頚部の放射線治療後の痛みで、1年間は週1勤務にしてもらいました。現在は多発骨転移と肝転移もありますが、週5フルタイム勤務しております。
私は一人っ子で独身。父と2人暮らし。母は私が大学生のとき乳がんで他界。父も直腸がんのステージ4。私が働かないと生活も治療もできないので、体に鞭打って仕事を続けています。幸い理解のある職場なので助かっています。
・診断当初は民生委員をしていましたが任期が終ってから朝夕各2時間の送迎添乗員として働き、その後は子どもと触れ合う仕事を始めました。子どもたちから貰うエネルギーは闘病の活力源となりましたので「仕事で疲れたを今日もエネルギーを貰えたというポジティブシンキング」に変えて仕事を続けました。いずれの職場でも病状をしっかり伝えて働かせていただきました。
・中学校の教員です。当時、3年生の担任でした。手術日が早まり、3年生になってすぐがんのため開腹手術し、その後、3週間に1度6回の抗がん剤治療をしました。4月末から、9月はじめまで休んでいました。三年生の担任でなければもっと休みたかったです。体力と筋力と抵抗力が低下していたので、仕事復帰はかなりきつかったです。現在経過観察3年半にたちました。再発や転移のことを考えないことはないです。60歳を過ぎたせいか、フルタイムがしんどい時もありますが、勤務時間も減らすなど工夫しながら、生き延びた生命、自分らしく生きたいと思っています。
・何度か治療を繰り返しています。最初は治療も仕事も100%の力で向き合っていましたが精神的に耐えられなくなり仕事を非常勤に変えました。カウンセリングに通ったり患者仲間に話を聞いてもらったりして立て直し、数年後の治療では副作用の辛さを仕事で紛らわす、くらいのメンタルになりました。
■ ご家族のお声
・家族です。本人(主人)は、建設関係の自営業ですが、ガン告知受けた後は、抗がん剤との向きあい方も最初は分からなかったため、2~3ヶ月くらいは治療に専念しておりました。抗がん剤投与後の副作用の期間を除いたら、いつもの生活とほとんど変わらないことがわかったので、自分のペースで無理なく仕事を続けることができています。ただ、抗がん剤投与7年目ということもあり、副作用が蓄積されてる部分もあります。むくみや痺れ、痛みなどもあり心配な部分もあります。そして、働かないと生活ができないことも考えると、やはり無理ない範囲で働くしかない状況ではあります。そんな状況ですが、主人は仕事が1番の生きがいでもあり、1番の薬だと言って、頑張ることができています。私も、告知前と変わらず、フルタイムの事務職をしていますが、会社も理解してくれているため、主人の体調が良くない日などは、有給休暇を利用して上手く向き合うことができています。
・主人が大腸がん多発性肝転移で3度手術していますが、仕事を継続しています。会社は駅から遠くかなり歩きますが、働けることで気持ちにハリがうまれ、体力をつけるためにも役立っていると思います。
■ ご家族からのサポート
・脳腫瘍の手術だったので、仕事内容が抜けないようにひたすらメモをとりました。家事ができなくなったので、夫のサポートを受けていました。
・家族のサポートはあったが、自分で工夫して乗り切った。
・上司に相談し勤務日数、勤務時間を減らしてもらった。
子どもが食事を含めた家事全般を率先してやってくれた。
■ その他・厳しい現実・葛藤など
・遠慮せず、もっと休みを取るべきだったと思っています。
・コロナ禍入口だったため、職場も業務縮小であまり影響なく、助かりました。
・逆に、町内会の役員をしていましたが、がん確認と共にやめてしまいました。でも、後悔はしていません。ストレスから解放されました。
・あまりにも体調が悪くてほとんど仕事にならず休んだままで、今現在も治療中。
・フルタイムの仕事ではないのでなんとか続けられました。
・現在も抗がん剤を続けながら働いております。特にサポートはないです。
・私は治療中、仕事はしてませんでしたが…とてもできる状況では無かったです。
復帰も難しかったかなと言うのが実感です。
・治療優先して良いですよと言ってくれました。
・摘出手術後は定期検査のみなので問題なく仕事ができている。
・排便障害で仕事件数を抑えて就業中。
・診断後、1年半仕事復帰まで治療がかかりました。精神も病みました。
多発性骨髄腫で骨が脆くなり、配置転換もできない職場環境だったので、仕方なく転職しました。
・病気を伏せているので、以前と変わりなくどちらかというと無理して仕事している。
・乳がんで全摘とリンパ手術をしました。独身一人暮らしなので、生活費・治療費の為に収入が必要でした。 職場の上司と、手術入院中に 仕事の継続ができるか?の相談をし、少しでも誠意を見せようと、身体のムリを承知で退院翌日から出社。週5日フルタイム勤務を継続。 通院日は 8:30予約にして10時には出社し、ホルモン療法で、どうしても体調がもたない日は時短で17時上がりにしています。周囲に気を遣わせたくないので、明るく元気に振る舞って 気力だけで頑張って乗り切ってる部分もありますが、辞めちゃったら この先が不安なので、ホンネでは、しゃあない気持ちで続けています。
・新しい職場に採用された直後に発覚。採用担当者に連絡して事情を話し、その後直属上司から配慮すると話があり。初日、挨拶で罹患したことを公表したら、全く口聞いてくれない人もいたり、普通に接する人もいたり様々。いろんなことがあった。
・抗がん剤が始まった頃は普通に働いていましたが段々副作用が強く出て来まして仕事に支障が出始めました。 自分では頑張りたかったのですが時短で働かされ仕事も少な目になりました。 体は楽になりましたが給料が半額になったのはシンドかったです。
仕事をしてるとがんの事は忘れているので体が辛くなければ仕事は続けた方がいいと思います。
・残念ながら降格しましたが、仕方ありません。中高年に厳しい今、クビにならないだけよしですね。がん治療、薬剤治療メインになると経済的にも苦しいです。
・仕事は継続しましたが、結局がんという病気について職場の理解がなく仕事を継続することが困難になりやむなく退職しました。その後ハローワークの職業訓練学校に通い資格をとり今現在は以前とは全く違う仕事についております。以前は生活していくために働いていましたがいつ死んでも悔いの残らないように自分の興味のある職場を選んだことと、以前の仕事は重量物を持ち運びしなければならなくそれががんに罹患してから辛くなったので事務仕事を探すことを意識し再就職しました。
・職場の皆には、自分の状況を伝えて仕事をフォローしてもらいました。ただし、病状が落ち着いて復帰したあと、突然降格になり辛かったです。病気にならなければ…とも言われました。皆に病状を伝えすぎたのが不安感に繋がったのかもしれないと思っています。
最後に:セミナーのご案内
2026年5月22日(金)に、がん治療と仕事の両立をテーマにしたオンコロ主催のセミナー動画が公開されます。専門医の視点からのアドバイスも、皆さまの一助になれば幸いです。ぜひオンコロちゃんねるにてご視聴ください。
オンコロちゃんねる:YouTubeアカウントは
こちらから
講師:池田 慧 先生(関西医科大学附属病院 呼吸器腫瘍内科)
公開:5月22日(金)20時
テーマ:治療と仕事の両立
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