再発・転移、死生観は重い話でしょうか。そうかもしれませんが、患者さんにとってそれは日常です。

9月9日によみうり大手町ホールでがんサポートコミュニティーが主催する「第15回ペイシェント・アクティブ・フォーラム~ がん、再発・転移とどう向き合うか?“改めて問う死生観”~」が開催されました。

在宅における再発・転移はどのような実態なのか。なぜ死生学が必要か。死生学を知る事で患者さんやご家族、医療関係者が役立つ事はあるのでしょうか。オンコロスタッフの赤星がレポートをお届けします。

がんサポートコミュニティーとは

がんサポートコミュニティーは、がん患者さんとそのご家族のために臨床心理士やソーシャルワーカー、看護師といった専門家による心理社会的なサポートを提供するNPOです。世界最大のがん患者支援非営利団体Cancer Support Communityの日本支部として、外科医が自らのがん体験を著した『医者が癌にかかったとき』(文春文庫)の著者である故・竹中文良博士によって、2001年5月1日、東京に設立されました。
がんサポートコミュニティーHPより

第15回テーマ「がん、再発・転移とどう向き合うか?“改めて問う死生観”」

がんが見つかり治療した後も、再発・転移の恐怖を背負いながら生活をしている患者さんは少なくありません。再発・転移したがんでは、がんによる症状を和らげることと、がんの進行を抑えることが治療の目標となります。

このセミナーでは再発・転移と死生観に関する二つの講演が行われました。一つ目の講演は元がん研究会有明病院緩和治療科部長・緩和ケアセンター長、東京がんサポーティブケアクリニック院長の向山雄人先生の「がん、再発・転移とどう向き合うか?~在宅医療でがんの苦痛を制する~」です。

二つ目の講演は前日本臨床死生学会理事長、千葉県がんセンター名誉センター長の長山忠雄先生の「改めて問う死生観」です。

まず、一つ目の講演は「再発・転移を在宅医療ではどう対応するか」がテーマでした。近年、がんが再発・転移しても高い身体機能を維持しながら、治療が可能になりました。再発・転移がんがあっても狭心症、心筋梗塞など早期に治療すべき病気がある場合は、そちらを優先して治療します。急性白血病、悪性リンパ腫等は慌てるが、固形癌は比較的のんびりできるそうです。

在宅医療の特徴として、患者さんは家に戻ると笑顔になる、痛み止め・不眠・不安に対する薬が減らせる、多職種で構成されたサポートチーム(看護師、薬剤師、理学療法士など)が対等な発言で提案する事が挙げられます。

例えば、訪問薬剤師は医師が処方した薬剤に対して想定されるリスクがある場合、薬剤の変更を申し立てることもあるそうです。(患者さんが他の疾患による薬剤を服用している場合の相性など)

また、在宅医療だけで全ての治療を完結するのではなく、連携の重要性も述べていました。かかりつけクリニックが通常の治療となる在宅医療・外来診療を行います。がん専門病院・大学病院では、そこでしかできない大きな検査や手術(CVポートの埋め込み手術等)を担当します。地域包括ケア・緩和ケア病棟では、一時的な入院等を担当することで家族の負担を減らす事ができます。

早期から緩和ケアを行うことで、QOL向上や延命効果が望めます。早期からの在宅医療を開始することは、状態が急激に悪化する事を予期でき、医師と患者さんの間に信頼を築けるというメリットもあります。

在宅医療を受けている患者さんの苦痛について、昔は吐気が最多でした。90年代初頭では脱毛になり、近年では薬剤の進歩や副作用のコントロールが可能になった為、苦痛の種類も家族への影響や社会的なものに変化してきました。また、分子標的薬による副作用(皮膚の毒性)もわかってきました。

向山先生が日頃大切にしている事は、病態をしっかり把握し発現する可能性がある症状・苦痛を予測すること、発現した症状に対する治療・ケアに関する複数の方法を持っていること、そして迅速に対応することだと述べています。

在宅医療を受けている患者さんが大事だと思うことは、「痛みがないこと」より「穏やかな気持ちでいること」「信頼できる医師・医療を受けられていること」が最も多く挙げられました。

つぎに、二つ目の講演は長山先生による「死生学の入門」がテーマでした。人間を含む全ての生物は永遠に生きることは出来ません。医療の発達により、病気になっても死なないとの意識を多くの人が持っています。更に少子化・核家族化の結果、一生のうちで人の死に立ち会う機会が非常に少なくなっています。

死生観は生き方・死に方の考えです。様々な形で古今東西に存在しています。その代表的なものは、古代ギリシャ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教、儒教などです。また、死生観は時代の変遷とともに変化しています。

日本では「がん=死」というイメージがあります。戦後から抗がん剤の研究が始まり1956年にはマイトマイシンが生まれました。当時は、手術後の衛生や栄養管理が難しく、がんによる死ではなく、感染症で亡くなるほうが多かったそうです。そこから「がん=死」というイメージができたのではないか、と長山先生は話しています。

「死をどう捉えるか」について、死には①身体的な死②精神心理的な死③社会心理的な死が存在するといいます。

①の身体的な死とは、生物的にどう死ぬのか、細胞の死のプログラムを指します。死の三徴候(心停止、呼吸停止、瞳孔散大・対光反射停止)と脳死の概念(深昏睡、自発呼吸消失、瞳孔固定、脳幹反射消失、平坦脳波。判定は移植に関係のない、脳死判定の経験のある2名以上の医師で行う。更に6時間後に2回目の判定を行う。)を合わせたものをいいます。

②の精神心理的な死とは、自己喪失・個人が自分自身を認識できない状態だといいます。脳死や認知症もこれに含まれます。キルケゴールは肉体的な死より精神心理的な死を恐れたといいます。

③の社会心理的な死とは、ソーシャルニーズ(社会的な欲求・要求。その社会の構成員として生活したい欲求)がない状態だといいます。

次に、ジャンケレヴィッチの著作「死」より「三人称の死」の紹介がありました。一人称とは「自分」、二人称は「あなた」、三人称は「他人」です。医療や医師は死を三人称として捉えます。「生存率80%」といったような統計的な死を提示します。

長山先生は、二人称の死のアプローチも大切であると話します。この患者さんは生存率80%の内、20%の方なのか、80%の方なのか。この患者さんの死生観や価値観はどんなものなのか、という把握も必要です。

また、ヴォルテールは死生観は生まれ持ったものではなく、後天的な知識だと述べています。死を学習する事でそれは形成されます。

自分の死を意識することで、よりよい生を生きられます。QOD(クオリティ・オブ・デス/ダイイング…「死の質」)、よりよい死とは生の延長線(QOLの延長線)にあると延べ、締めくくりました。

このセミナーに参加して

再発・転移は恐怖です。恐怖は、想像がつかない得体の知れないものである故、自分自身で恐ろしい物を作り上げている事があります。恐怖を受け止めるにはどうすれば良いか。分からないものを明らかにし、展開すると、冷静さを取り戻しその恐怖を咀嚼して飲み易くなるのではないかと私は考えます。

日本には「言霊(ことだま)」という考え方があります。悪いことをいうと、それが言葉通りの結果になるのではないかという恐れがあります。縁起でもない事を言うな、という台詞もこの考えからきています。しかし、避けてばかりでは押し込めて蓋をした恐怖も増大していきます。

会場からの質問で、長山先生はどのように死を受け止めるか、との質問に先生はキリスト教に基づいて考えると発言されました。ふと、死生観とは、各自が持つものではないかと思いました。現代は死生観を各自が自由に描ける時代です。死生観を自分が生きる上での意味や価値、信念と置き換えても良いのかもしれません。

簡単に死の克服法を提示されても、恐怖を受け止めるのは難しく思います。このセミナーに参加して、死について様々な知識や考えを理解・把握し、自分オリジナルの答えを出す事が自分の死生観を形成することになるのではないかという考えが生まれました。引き続き、オンコロを通してこの課題に取り組みたいと思います。


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