あなたは医師ですか。
終わりの見えない「がんと就労」問題~乳がんサバイバーの視点から~
[公開日] 2017.02.16[最終更新日] 2017.02.16
がん患者が安心して暮らすことのできる社会への環境整備を盛り込んだ「がん対策基本法※1)」の改正法が昨年12月9日、衆院本会議で可決、成立した。サバイバーのひとりとしては、まだその基本理念の、「がん患者が尊厳を保持しながら安心して暮らすことのできる社会の構築を目指すことを掲げ、がん患者への国民の理解が深まるようにすること」を肌で感じることが、残念なことにできない。具体的に恩恵を受けたサバイバーを知らないからかもしれない。
私が治療を始めた頃を例に挙げる。診断がくだったとき、非正規社員としてフルタイムで働いていた。その企業では3カ月後に、非正規のスタッフを直接雇用に切り替える方針で人事が動いており、社内の雰囲気はセンシティブな時期であった。それでも上長とチームスタッフの理解を得て、時短で働き続けることができていた。しかし抗がん剤治療が始まると、時短から欠勤する日が増え、この状態では仕事に支障が生じ会社に迷惑がかかるという焦る気持ちと、それでも社会の一員であり続けたいという気持ちが交差しながら、治療と仕事をどうにか両立していた。
それでも会社は毎日動いている。それでも業務は毎日発生する。ある程度覚悟はしていたが、会社は「治療に専念するように」との理由で契約の更新を打ち切る判断をくだした。上長には「力及ばず、申し訳ない」と頭を下げられたことを思い出す。
治療にあたり抗がん剤の副作用は免れず、髪の毛より命を選んだことにそれほど迷いはなかった。看護師さんからたくさんのウィッグカタログを渡され、「脱毛する前に早めに用意しておいたほうがいいわよ」のアドバイスから、いわゆる医療用ウィッグ専門のショップを訪ね、決して安価ではないひとつを急いで購入した。私は昔から髪の量が多く、そのショップの店員さんも「こんなに多い人はそれほどいないわ。でも抜けてしまうのね・・・」とつぶやいたあと、慌てて「ごめんなさい、失礼なことを言って。」と謝られたが、ひどく傷ついたことを鮮明に覚えている。
脱毛が始まりウィッグを着用しながらの通勤は、人目も気になり想像以上に気持ちが沈む時期だった。
とある通勤の帰り、乗車した車両に席がひとつ空いていた。帰宅時は体力が消耗し気持ちもくたびれている状態だったので「ラッキー」と感じながら座ろうとした瞬間、隣の女性の髪形が目に入った。ウィッグを着用したことがあればわかることだが、つむじを見ればウィッグかの見分けがつく。私と、お隣に座っている女性。はたから見れば、体に障害がなく健康に見えただろう。その女性は、病気ではない他の理由でウィッグを着用していたのかもしれない。彼女が下車するまでの数駅間は、私にとってとても不思議な時間であった。
治療が一段落し、いざ社会復帰の希望を持ったとき、いくつかの企業の面接で必ず聞かれたことは、「お仕事を辞めてしばらくブランクがありますね。お仕事を辞めた理由は?ブランクのあいだはなにをしていていたのですか?」。体調を崩して治療に専念していた旨伝えると、面接官は「ああ、そうですか。」とそれ以上の質問をしない。もし病名を答えたら、面接官はどのような表情をしただろうか。雇用はしてくれただろうか。求職活動中に訪ねた会社は、果たして「がん対策基本法」をどの程度理解し、受け入れている企業だったのだろうか。
治療経過観察中のいま、私はラッシュアワーの電車に揺られながら、小走りに会社に通勤している。治療中は歩くこともままならなかった時期を振り返ると、当たり前のありがたさを痛感している。電車を待つホームで、誰が私をがんサバイバーだと思うだろう。もしかしてあの時のように、隣に立っている人も同じサバイバーかもしれない。がん罹患率が高いいまは、そんな時代だ。
時代に沿って法律が成立されたことは、喜ばしいことだ。だが、時代に追いつかない法律は、「味方」と感じ取れることができない。サバイバーはひとくくりに「がん患者」とされるが、人それぞれにその人の“温度”がある。その“温度”すべてに「理解が深まる」社会になることを、切に願う。
※1)「がん対策基本法」
https://oncolo.jp/pick-up/news612
乳がんサバイバー 中島 香織
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