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【第2回】~乳がん専門医が乳がんになって~ 東京女子医科大学放射線腫瘍科教授 唐澤久美子さん「がんの治療選択で最も大事なのは 患者さん自身の「人生の質」を守ること」

[公開日] 2017.08.24[最終更新日] 2017.08.24

目次

東京女子医科大学 放射線腫瘍科 教授の唐澤久美子さんは数か月前に自ら乳がんを発見し、現在も治療を続けています。第1回(~乳がん専門医が乳がんになって~ 東京女子医科大学放射線腫瘍科教授 唐澤久美子さん「自覚症状は患者本人にしかわからない。 患者さんはもっと伝えて、医療者はもっと訴えに敏感に」)では、発見から検査、治療選択、そして副作用に苦しんだ術前化学療法について語っていただきました。第2回では、その後の治療、がん患者となってわかったこと、これからの目標を伺います。 第1回記事:「自覚症状は患者本人にしかわからない。 患者さんはもっと伝えて、医療者はもっと訴えに敏感に」

予想していたこととはいえ、副作用は日常生活を妨げる

唐澤さんが受けた術前化学療法はパクリタキセルやドセタキセルといった抗がん剤でした。薬への反応が強い体質のため、薬疹や下痢・腹痛などの強い副作用が出て、入院も経験しました。 これらの薬の副作用には脱毛もあります。唐澤さんの場合、術前化学療法を始めてから3週間ほどで頭髪をはじめとする体中の毛が抜け始め、抜けたまつげが目に入りゴロゴロしたといいます。「がんの専門医として患者さんの脱毛はたくさん診てきましたし、いったん抜けても数か月後には生えてきて、やがて元のように戻ることも知っています。 髪が少なくなれば洗髪が簡単で、ブローやセットもしなくていいし、ウイッグを被るだけで簡単でいいと思っていました。ですが、実際に経験してみるとやっぱり嫌なものですね」と唐澤さんは打ち明けます。 見慣れた自分のヘアスタイルが変わると、人がどう見ているかとても気になりました。「今は何とか耐えていますが、それでも本人は違和感満載です」。ウイッグは頻繁に手入れしなければならず、思った以上に時間とお金と手間がかかることにも予想外でした。 良かった点は、「自分が担当している患者さんのウイッグ着用はほぼ100%見破れるようになり、患者さんの辛さを共有できるようになったこと」だったそうです。 そして、唐澤さんは最後の術前化学療法の薬剤の投与から4週間後に乳房温存手術を受けました。術中の切除断端にがん細胞が見つかったため追加切除が行われ、センチネルリンパ節生検で1ミリ以下のリンパ節転移も判明しました。 「これは乳がんのタイプが抗がん剤が必要なルミナルBとわかったことに続く2つ目の誤算でした。結構大きく切除したので見た目が変わり、整容性が落ちたのは残念でしたが、それはしかたないことと受け入れています」。 手術を受けて困ったことは他にもありました。それは縫合部の傷痕です。術後2か月以上経った今でも縫合部の痛みはあり、シートベルトが触れたときなどにズキッと痛みます。「縫った吸収性の糸の吸収が遅くて痛いという感じで、これも私が担当させていただいた多くの乳がん患者さんより症状が強いようです」と唐澤さんは冷静に自分の状態を分析します。 縫合部の傷痕に下着が触ると痛むため、乳房手術患者用や乳房照射患者用の下着を購入しましたが、「痛くて着けられませんでした。それよりずっと安価な縫い目のない下着をネットで探して入手し、ようやく調子よく使っています」とのこと。しかし、この悩みも唐澤さんにとってホルモン剤による体の不調と比べると取るに足らない症状なのだそうです。 乳がんの術後補助療法として、唐澤さんは術後2週間からホルモン療法を開始しました。ところが、ホルモン剤(アロマターゼ阻害薬のレトロゾール)を飲み始めて数日後から疲労感が出てきました。「急に歳をとって体の自由がきかなくなった感じです。日中は普通に診療していますが、夕方教授室に戻ると倒れこむような状態です。 これまでなら家で夕食を食べて夜中までもう一仕事できたところが、夕食後はもう寝るしかなくなって。依頼原稿などの仕事はどんどん溜まり、今までは原則的に受けていた論文の査読などは断るようになり、溜まると膨大になるメールの返信も滞るようになりました」。 この疲労感には1か月くらいで少し慣れましたが、それでも今までのような無理はきかず、少しでもがんばりすぎると疲労発作のように疲れて動けなくなります。「薬に弱い体質ではホルモン剤も副作用が軽い治療ではありませんでした」と唐澤さんは話します。 唐澤さんは術後の抗がん剤がどのくらい必要かを調べるために手術で採った組織を調べる遺伝子検査のOncotype DXも受けています。この検査は健康医療保険が使えず、全額自費です。「遺伝性乳がんの検査と合わせて相当お金がかかりましたが、検査を受けたおかげで、抗がん剤を再開する決心がつきました。今後の抗がん剤については腫瘍内科医に相談しようと思っています」。 乳房温存手術の場合、乳房内に残っている可能性がある、目には見えない微小ながん細胞を根絶するため、必ず全乳房照射を組み合わせて行います。放射線療法は唐澤さんの専門であり、自らが治療計画を立てて勤務先で施行しました。1回2.7Gyの寡分割照射とスケジュールを決め、右乳房に16回、腫瘍床にさらに3回照射しました。 「スタッフには気を遣ってもらい、診療開始前か一般の患者さんの終了後に照射してもらいました。期間中に国内出張が何回かありましたが、朝早く照射して東京駅に向かったり、羽田からタクシーで病院へ急いだりして何とか仕事と治療を両立させながら乗り切りました。一過性の放射線皮膚炎はありましたが、対処は専門ですので慣れたものです。 日頃、放射線療法は負担が少ない治療だと患者さんにお話ししていますが、それを実体験できたのは貴重だったと思っています」。

患者の「人生の価値」が治療を選び、変えていくときのベース

患者にとって、治療を選択する際、何を基準にすればいいのかとても迷うことがあります。そのときに、Quality of Life(QOL)が大事だとよくいわれます。日本語では「生活の質」と訳されることが多いようですが、唐澤さんはがんを経験し、「私はこれを“人生の質”と訳すべきだと感じます」と語ります。 「術前化学療法で副作用が強く出て、動けなくなったり入院したりしている間、“治療で生存率が数%上がったとしても、自分が大事にしている診療や学務、研究や人間関係が維持できなければ生きている価値がない”と思いました。私にとって余命を延ばすこと自体は治療選択の基準にはなり得ないのです。 医師が治療を選ぶときに考慮する“生存率”は、生きているかどうかだけで計算されます。“ただ息をしているだけ”という状態であっても生存とカウントされ、生存率が延びるのは良い治療と判断されるのですが、大いなる違和感を覚えています」と唐澤さん。 また、過去のエビデンスをまとめて診療ガイドラインに示される標準治療はすべての患者にとって適切な治療ではない、あくまでも目安なのだと強く感じたともいいます。「治療選択のときにはもちろん標準治療を参考にするのですが、実際には患者さんは一人一人が人生の目標も治療の効果も副作用の出方も異なります。 にもかかわらず、医師の側では患者さんが、例えば“手がしびれる抗がん剤は使いたくない”“この年齢で手術には耐えられないと思う”というとカルテに“治療拒否”と書くことがあります。標準に合わない患者さんの側がダメだというように判定するのです」。 診療ガイドラインで推奨する治療法がうまくいかない、あるいはその治療は自分に合わないと考える患者さんは実際には少なくなく、「そういう患者さんに合わせた治療ができること、また患者さんの自覚症状に合わせて治療を変えられることこそが専門医の腕のほんとうの見せ所だと思います」と唐澤さんは言い切ります。 一方で、患者さんの「人生の価値」を医療者が聞き出し、それによって治療方針を決めるのが難しいことも認めています。「ふだんの診療時間は短く、医療者も忙しくてじっくり話し合う時間が取れないし、がんという進行する病気の診療においては治療方針の決定を長くは延ばせません。 そこで、患者さんの“人生の質”を効率的に評価する指標を作りたいと考え始め、今、医療の質や患者満足度の評価を研究する先生方に声をかけたところです」。 これまで続けてきた診療や放射線療法の研究を続けていくこと、そして、今回患者として学んだことを臨床の現場に生かすこと、これが自身の「人生の質」であり「人生の価値」だと再認識したと話す唐澤さん。 がんの経験をきっかけに「診療しているときに、患者さんの希望や大事にしているものは何かについて以前よりも考えるようになりました」とも語ります。 がんが再発したある患者さんに、分子標的治療の副作用がひどく、その薬を使い続けると家で寝たきりになってしまう、それでも今までに効いた薬はこれだけなので続けましょうと主治医に言われて悩んでいる、と相談されたとき、「あなたの辛さはあなたにしかわからないし、あなたが生きがいだと思っていることもあなたにしかわからない、あなたがご自分で自信を持って判断されれば良いと思う」と話したといいます。 半面、がん患者さんに対して容赦しなくなったと思うこともあるそうです。「今までは、がんでない自分はがん患者さんに対して遠慮していたと思います。しかし今では、例えば、がんが乳管内にとどまっている非浸潤がんで薬物療法も不要な患者さんが診察時間に長々と転移の不安を話されたとき、あなたのがんは転移する確率がほぼない、きちんと勉強して正しい認識を持つべきだとはっきり言います。 乳がんで亡くなった有名人がいたので自分もそうなるにちがいないなどという的外れな不安には長々と付き合えなくなりました。 患者さんの中にはがん告知を受けたら頭が真っ白になる方がいるのはわかります。それでも医師の話をよく聞き、信頼できる資料から情報を集め、病気を正しく理解して受け止め、前向きに対処するべきなのです」と唐澤さんはアドバイスします。 そして、「治療やがんそのものによる症状は患者さん自身にしかわからない、だから医療者にきちんと話すべき」と重ねて強調します。さらに「患者さん本人も医療者も患者さんの人生の質を考えながら、治療を選び、状況によって柔軟に変えていくことが患者さんにも医療者にも納得できるがん医療のベースだと考えています」とも話します。 乳がんになったがん専門医、唐澤さんのメッセージには、患者さんと医療者がより良いがん治療を選び、続けていくために大切にしたいことが込められています。
特集 乳がん 乳がん

小島あゆみ

慶應義塾大学卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP)で女性誌の編集に携わり、フリーランスに。雑誌やウェブ、書籍で、医療・健康分野や科学関連の記事の編集・執筆を行う。2014年、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。NPO法人からだとこころの発見塾 理事。

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